小説

□■素直になれない二人
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あれから俺達はエドグレイを探しつつ、辺りの変化に目を配りながら森の中を歩いていた。
その傍ら、丁度エドラスの仲間達の話になり、一人こっちの世界に残ったミストガンや、フェアリーテイルのメンバー達が、昔とは違う平和な日常を築いていると聞き、俺はなんだか嬉しかった。

「本当だったら、ジュビア達のギルドに連れてってあげてもいいんだけど。きっと皆もアナタに会いたいと思うし。でも…」
「でも?」
「今丁度、ラミアスケイルのメンバー達が遊びに来てるのよ」
「あー…。なんとなく想像付いた」

ラミアスケイルと言えば、リオンが在籍するギルドだ。
ジュビアの口ぶりから、恐らくアイツはこっちの世界でもジュビアに迫っている事が窺いしれて、俺は呆れ笑いを浮かべた。
そこへ、いくらアースランドから来たとはいえ、グレイが登場すれば、痴情のもつれに巻き込まれかねない。
ただ、エドラスの世界のリオンがどんな性格か見てみたい気もする。

「こっちの俺とケンカしたって、もしかしてそれが原因か?」

俺がそう聞くと、それまで普通に会話していたジュビアは、急に黙ってしまった。
足だけは動かし、アニマの残骸とグレイを探し続けているが、隣から流れてくる空気が重くて冷たい。
図星か?それとも見当違いだったか?
答えが帰って来ないまま暫く歩いていると、やっとジュビアが口を開いた。

「前に来たアースランドのルーシィが言ってたわ。こっちのジュビア達は、姿は似てるけど向こうの世界のジュビア達とは違うって。性格も、見た目も、人の気持ちさえも、まるで正反対みたいだって。あっちのジュビアが雨女なら、ジュビアは晴れ女。こっちのグレイは寒がりで、うっとおしくて、何度言ってもジュビアに纏わりついて来る。それがエドラスのジュビア達」
「らしいな」
「なのに、最近ジュビア達の関係が変化しつつあるわ」
「変化?」
「グレイはどことなくジュビアを避ける様になったし、ジュビアはそれを寂しいと思う様になった」
「突然ってわけでもねえんだろ?何か心当たりは?」
「あなた――アースランドのグレイ――こそ、心当たりがあるんじゃない?」
「お前、自分の事を棚にあげて!!」

リオンとのめんどくせえ関係が原因ではなく、つまりはアースランドでの俺の言動が原因だと言いたいらしい。
エドジュビアは俺を軽く睨みつけた。
そのまま、言ってる意味が分かんねえ、と言いたいところだったが、そうもいかなかった。

俺は、時々ジュビアが見せる人を寄せ付けない冷たい輝きを奥に秘めた深海色の目が苦手だった。
いや、苦手と言うのは語弊かもしれない。
見つめられると嘘を付けなくなる、というのが本音だ。
嘘偽りの無いジュビアの心に、こちらも誠実を返さなければいけない気がして…。
だから俺は今まで、アイツの想いをはぐらかす事しか出来なかったんだ。

けど、今回ばかりは腹を括るしかない。
コイツは俺の知っているジュビアじゃないのに、アイツと同じ目を持つエドジュビアに、降参せざるを得なかった。
じっと見てくる青い瞳に、ぐう、と口ごもると、俺は渋々口を開いた。

「俺とジュビアの関係が変わったから、か」
「やっぱり。だと思った」

出会った頃はまったく眼中にも無かったジュビアの気持ちに気が付いたのは、天狼島の戦いがきっかけだった。
メルディの魔法――感覚リンク――によってジュビアの感情が流れ込み、俺はアイツの心を覗いてしまった。
その時垣間見たジュビアの過去はどれも寂しく、暗く、孤独に満ちていた。
その中で唯一輝きを放ち、鮮やかな色彩で記憶されていたのが、俺と過ごした日々の思い出だった。

ああ、コイツは俺の事が好きなのか。
それも心の奥底から…

ジュビアの心を見た事で、俺は仲間内から散々鈍いと揶揄された理由を初めて理解した。
こうしてジュビアの気持ちに気が付いてしまえば、意識するなと言う方が無理な話だ。
俺がアイツの事を女として意識し始めてからは、口先で拒絶するよりも先に、体が動いていた。
無意識でジュビアを目で追い、気が付くと当たり前の様にジュビアと一緒に過ごす事が多くなっていた。
そこから“好き”という感情を持つのは簡単だった。
だってあいつはいつも傍に居て、俺に“好かれている安心感”を与えてくれていたから。


「グレイは、ルーシィのことが好きだったんじゃないの?」
「はあ?!!」
「前にあなた達がエドラスに来た時、そんな風に見えたけど」
「ぅ…」

エドジュビアの問いに気恥ずかしさを覚えながら、俺は一言だけ「単純に、真新しかっただけかもな」と答えた。
繰り返されるギルドでの毎日。
変わらないメンバー。
そんな折に来たルーシィの存在は、俺にとって新鮮に思えた。
女も男も子供も年寄りも関係なく、皆ひっくるめて家族だった輪の中に、新しいカテゴリーを作ってくれた。
確かに気になっていた時期はあったけれど、よくよく考えてみれば異性というよりは、いわば妹の様な存在だ。

だけどジュビアは、その中のどれとも違った。
改めて自分の中の感情を整理して、一つ一つに名前を付けるとすれば、ジュビアに対する気持ちは、愛とか恋とかそういう類いなんだろうと思う。

俺の話に興味を無くしたのか、手袋を脱いで綺麗に磨かれた爪を眺め始めたジュビアは、少し不機嫌なオーラを散らしながら、そんな事をぼんやりと考えていた俺に「ねえ」と話を切り出した。

「あっちのジュビアの事が嫌いなら嫌いで構わないけど、ハッキリしなさいよね。こんな感情芽生えされられちゃって、こっちが迷惑。早く元の生活に戻りたいの」

視線は俺にくれないまま、どこか遠くを見ていたジュビアの唇が、「でも…」と小さく動いた。

「でも、好きならもう逃げるのは止めて。きっとあっちのジュビアは平気そうにしてるんでしょうけど、傷付いてない訳じゃないんだから」

言われて俺は、ハッとした。
俺がどれだけ冷たく接しても、ジュビアの態度が変わることはないけれど、本当は心の中で傷付いてたんだろうか。
目の前のコイツは、俺とアースランドのジュビアとのやりとりを知る筈は無いのに、なぜこんなにも確信を突いて来るんだろう。
エドラスのジュビアの言葉に、俺は二の句が継げなかった。

「ジュビアはサバっとした女王様で、グレイはいつまでも暑苦しい泣き虫男。懲りずにジュビアを追いかけてくるけど、ジュビアはそれに応えてあげない。ジュビア達の関係はそれでいいの。だから、アースランドのあなたがしっかりしなさいよね」

ジュビアは不敵に人を見下した笑みを浮かべていたが、それが強がりだって事はもうお見通しだった。
俺達はお互い、自分の心に正直になれない者同士なんだ。
その点ジュビアやエドラスの俺は、真っ直ぐで、いつだって傍にいてくれる太陽みたいなもんだ。
だから俺達は眩しくて、つい顔を逸らしてしまう。
いっそその中に飛び込んで、溶けちまえば楽なのに、その一歩が踏み出せずにいる。

だから、文句を言いつつも、こうして心配してグレイを探しに来たりする理由は言わなくても分かる。
それは俺がアースランドのグレイだからじゃない。
単純に分かりやすいだけ。
だってコイツは、エドグレイの話をする時くらいしか、表情を崩さねえんだ。
きっと俺も、アイツの前でしか見せない面がある。

「お前も、もう少し素直になれるといいのにな」
「余計なお世話よ!グレイの癖に!」

お前“も”と俺の事を含めて言ったつもりだったが、自分一人だけ欠点を指摘されたと思ったのか、ジュビアは頬を真っ赤にしながらムくれていた。
俺にしてみればジュビアの怒りの矛先が俺に向く事なんて、あっちの世界では無い事だから、妙におかしかった。
腰を折ってくつくつと笑う俺に見かねたジュビアは、腕を組みながらそっぽを向くと、「何よ!気分悪いわ!」と、早足でその場から歩き出した。

「わりぃ、わりぃ」
「ちょっと!子供じゃないわよ!」

慌てて後を追い、つり上がった目で機嫌を損ねた猫の様に睨むジュビアに口だけの謝罪をする。
顔は笑ったままだ。
ついでにぽんぽんと頭を軽く叩いたが、それがまた彼女の癇に障った様で、声を荒げながら、パシ!と手を払われた。

(ジュビアだけど、ジュビアじゃねえんだな…)

仕草一つとっても、目の前のジュビアは、アースランドのジュビアとは微妙に違う。
俺にとってのジュビアはアイツだけで、コイツにとってのグレイも、俺じゃない。
目の前のエドジュビアも、アイツの一部として大事にしてやりたいと思うけれど、どこか寂しさを覚える。

「会いてえな。ジュビアに」

珍しく素直な気持ちが口に出ると、少し間を開けて、「ジュビアも、会いたい」と聞こえた。
俺にはジュビア。コイツにはエドラスのグレイ。
相手が居ないと、俺達はこんなにも弱い。

二人して目の前に広がる夕焼けの空を眺め、無言で時間が過ぎていく。
すると、オレンジ色に染まっていた雲が、次第に黒く渦を巻き始めた。
それを見たジュビアは、顔色を変えた。

「アニマよ!」

エドジュビアの指指す先には、アースランドで最後に見た空と同じような光景が広がっていた。

「やっとお迎えかよ」
「グレイ、体が…!」

今にも迫って来そうな暗雲の広がりと比例して、俺の体が光を帯び始める。
ジュビアは俺の腕を掴むと、不安げに見上げてきた。
何も言わず、ただ心細そうに縋るその手に、俺は自分の手を重ねた。

「大丈夫だ。待ってろ。こっちの俺も絶対戻ってくっから」

重力に逆らい、体が宙に浮き始めた俺を「行かないで」と求める様に掴んでいた手が、静かに離れた。
見れば、エドラスのジュビアらしい強気な表情に戻っていた。

「あっちのジュビアの事、頼んだわよ。こっちでジュビア達がどうなるかなんて分かんないんだから、ちゃんと捕まえとかないと、逃げちゃうから」
「エドラスとかアースランドとか関係ねえよ。お前等がぎくしゃくしたのなんて、最近だろ?俺はそれより前から、アイツの事意識してたんだぜ」

二つの世界は繋がってる。だけど、それはきっと良い意味で、作用している筈だ。
ジュビアは苦笑を浮かべると別れの言葉を告げた。

「じゃあね、もう一人のグレイ」
「ああ。元気でな。エドラスのジュビア」

手を伸ばし、水色の髪をクシャリと撫でた。
光が増して、もう目を開けていられない程に視界が白く輝く。
最後に俺の目に微かに映ったジュビアは、涙を浮かべていた。

(こっちの世界でも、泣き虫なとこは変わんねえな)

泣くなよ、と心の中で呟き、俺はそのまま意識を無くした。



***************



次に目を覚ました時、俺はマグノリアの町のはずれに居た。

「っててて」

空から落ちた衝撃か、尻が痛かった。
前にエドラスから帰った時は、ルーシィやら猫達やらの下敷きになり、全身が痛かったが。

周りを見渡して、思い切り空気を吸い込んでみる。
街の中心と違って、だだっ広い草原に建物がぽつぽつと点在するだけだったが、長年住み慣れた街はすぐ分かる。
遠くに、フェアリーテイルのギルドが見え、誇らしげにギルドのシンボルマークの旗が風に揺らめいていた。
やっとアースランドに帰って来た実感が湧き、知らないうちに入っていた肩の力が、スッと抜けた。

「しっかし、またエドラスに飛ばされるとはな」

今日吸いこまれた歪みが、本当に7年前閉じ切ったアニマのかろうじて残っていた残骸だったとすれば、もう今度こそ、本当にエドラスの連中とは会うことは無いだろう。
ジュビアは、無事向こうのグレイに会えただろうか…。
それだけが気がかりだった。

しみじみと独り言をいいながら、ズボンに着いた草を払い立ち上がる。
俺は、ふと子供の頃ウルが昔読み聞かせてくれた童話の一つを思い出した。
異世界に飛ばされた男の話で、ほんの少し違う世界に迷い込んだだけなのに、男が元の世界に帰った時には何故か何百年も経っていた、って物語だ。

「ジュビアなら、よぼよぼのバーサンになっても待ってそうだけどな」

人知れず笑いが漏れ、口元を押さえる。
その後で現実に帰った俺は、急に物悲しさに襲われた。

「ジュビア、心配してんだろーな」

さっき見たエドジュビアの今にも泣きそうな顔にジュビアが重なり、少しだけ胸が痛んだ。
早く帰って、無事な姿を見せてやりたい。

時間軸だけは正常である事を願いながら、ギルドへと向かいはじめていた俺の足は、次第に早歩きになっていた。


〜終〜
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