小説

□■ライバルは父?!
2ページ/2ページ

それから2日後。
その日は、良く晴れた気持ちの良い日だった。
結局俺はロキを引きつれて、マグノリアの隣の町に来ていた。
二人が待ち合わせるという12時まではまだ10分あったが、ジュビアは既に広場に来ていて、後から来る親父が見つけやすい様に、中央の噴水を背にして立っていた。

「今日のジュビアは一段と可愛いね、グレイ」
「あー、そうか?」

トレードマークの帽子は被っていたが、いつもの紺色のドレスでは無く、裾がふわふわしたスカートと、パステルカラーのチュニックを身に付けた姿は、ロキの言う通り、本来の魔導士としての顔が想像出来ない位、可憐で可愛らしい。
かといってそれを素直に口に出来る訳もなく。
俺は、適当な相槌で話題を流した。

しかしだ。
ただでさえジュビアは男からどう見られているかという意識が薄いのに、完全に休日モードの無防備さが相まって、今にも誰かに声を掛けられそうでハラハラする。
さっきから目の前を通り過ぎて行く男共が、皆一様にジュビアを振り返る度、こめかみの血管がピクリと浮き上がる。

「あのヤロー、ジュビア待たせてんじゃねーよ…っ」
「いやいや、まだ12時になってないだろ。っていうかグレイ!冷気冷気!噴水が凍っちゃうって!」

自分が隣に行って追い払う訳にもいかず、遠目から見ている事しか出来ないもどかしさから、怒りの矛先はここへ来ていない親父へと向かう。
そのせいで魔力が漏れ出し、俺達の周囲はドライアイスを撒いたように白くけぶった。
ロキに諌められて、ハッと魔力を閉じると、ようやく広場の奥から、だらだらと親父が姿を見せた。

「お?今日はなんか雰囲気違うな!かーいーじゃねーの」
「そ、そんなっ、可愛いだなんてっ」
「とりあえず、行くか」

顔を真っ赤にして照れるジュビアの手からバッグを預かると、親父は促す様にジュビアをエスコートして、その場を後にした。

俺の周りにいる男達は、誰も彼もフェミ二ストばかりなのか?
リオンにしろ隣のロキにしろ、恥ずかしげもなく女を壊れ物の様に扱って。
俺だって、ジュビアの恰好が普段と違うことぐらい気付いてたっつーの。
ただ、言わないだけで…

悶もんとした思いを抱えながら、俺達は二人の後を追った。
普段過ごしているマグノリアとはまた違った風景に真新しさを感じながら、二人の数十メートル後ろを歩く。
ジュビアは手に冊子を持ちながら、何かを探しているらしく、親父もひょいと覗きこみ、キョロキョロと通りの看板を見上げる。
こうして通りを歩く事、数分。
目的の場所を見つけたらしい二人は、意気揚々と店の中へ入っていった。

「ここ、シルバリズムか」

二人が入った店はシルバーアクセサリーを取り扱うショップで、工房を切り盛りする若い店主が作るアクセサリーは、何度も週刊ソーサラ―で特集を組まれるほどの人気だった。
かくゆう俺も、機会があったら来てみたいと思っていたが、実際に店を訪れた事は無かった。

「こ…こんなトコに、ジュビアの好みの物があるわけねーだろ」
「えーそうでもないよー?シンプルな物からいかついデザイン、果ては可愛らしいレディースまで種類が豊富だし、僕も以前女のコと来た時、星をモチーフにしたペアリングを送りあったっけ…」

空を仰ぎながら甘酸っぱい思い出に浸るロキは脇に置いといて、俺は店の中へ足を踏み入れた。
せっかく憧れの店に来たというのに、それどころではない俺は、後から追って来たロキと一緒に店内を見て回る振りをしながら、ジュビアの姿を探した。
すると二人は狭い奥のコーナーで肩を寄せ合いながら、指輪を見ていた。

「これなんか、いかがですか?」
「んー。どうだろうなー」

ディスプレイされた中から一つ手に取ると、ジュビアは親父へ差し出した。
すこしゴツめのデザインからして、それは明らかに男物で、親父は指輪を受け取ると、指にはめた。

「デザインは良いが、もう少しサイズは大きめだな。魔導士やってりゃ、怪我だ脱臼だなんだで、自然と指が太くなるからな」
「ですよね」
「お、こっちのバレッタなんか、ジュビアちゃんに似合いそうだぜ?ブローチにもなるってよ」

指輪を元に戻すと、親父は銀細工に淡く光る天然石がはめ込まれたブローチを手にして、キラキラとジュビアの髪の色との調和を確かめていた。

親父が選んだってのが癪に障るが、若さの欠片もねーっつーのに、まあまあいいセンスしてやがる。
使われているのは多分、別名『恋人のお守り』と呼ばれるブルームーンストーンだ。
石の意味は確か…

「永遠の愛か〜」

俺の心を読んだかのように、横からしゃしゃり出てきたロキが、うんうん、と何やら納得して頷く。

「ここのお店に来たのも、自分の為じゃなさそうだね」

だったら親父の為だとでも言うのかよ。
不貞腐れた俺は、二人を意識の中から遠ざけて、陳列されているアクセサリーから自分好みの物を探すことに没頭した。
なのにジュビアの事を意識していると言わざるを得ない、青系の石が使われた物や、可愛らしい花や蝶をモチーフにしたアクセサリーばかり手に取ってしまい、それを見たロキが必死に笑いを堪えていたが、俺は怒るに怒れなかった。



***************



「またお待ちしてます」

店員の声と、出入口のドアに付けられたカウがカラコロと店内に響き、ジュビア達が店を出た事に気が付いた俺達は、急いでその後を追う。
次はどこへ行くつもりだ?
通りすがりの女に愛想を振りまいて、すぐどこかへ行こうとするロキを引きずって、ジュビア達の後を着けると、二人は町の一角にあるカフェへ入って行った。

テラス席へ案内されたのを見て、俺とロキは少し離れたプランターに身を隠した。

無精ひげを生やしたオッサンが、こんなおしゃれなカフェのテラス席に座ってるなんて、ちゃんちゃらおかしいぜ。
深緑と白の爽やかなパラソル、目に眩しい白いテーブルクロス。
まして周りの客は女ばかりで、男と言えば皆女連れのカップル位…
カップル…
おい、あいつらも傍から見れば、カップルに見んのか?!
それまで余裕をかましていた俺は、焦って隠れていたプランターの陰から身を乗り出した。

「グレイ、見つかっちゃうよ!」

ロキに肩を掴まれ、俺は慌てて身体を引っ込めた。

(くっそ。こっからじゃ、何話してるかうまく聞こえねー!)

距離は遠いし、親父は背を向けているし、辛うじてジュビアの顔は見えるが、読唇術の心得なんざあるわけない俺には、会話の内容がさっぱり分からない。
ロキはキラリとサングラスを輝かせると、得意げに口を開いた。

「『あの、本当にいいんですか?』」
「『いーのいーの。気にすんなって。俺が好きでプレゼントしただけなんだから。それに良く似合ってたろ?ブローチ』」
「『じゃ、じゃあ、ここはジュビアが払いますから!』『女の子は財布の心配なんかしなくていいんだぜ?それに、ジュビアちゃんのカバンは、俺が人質として預かってるからな』」
「『まあ、シルバー様ったら。クスクス』」

「お前、一人遊び上手かっただろ」

さすが獅子。動物特有(といっていいのか分からないが)の耳の良さを利用して二人の会話を聞きとったロキが、交互にジュビアと親父の声真似をしながら聞かせてくるこの男の器用さに、俺は少し引いた。

「さっきのブローチ、君の親父さんがジュビアに買ってあげたみたいだね」
「……」

そうこうしている内に、二人のテーブルには、紅茶のティーセットと、コーヒー、それと二つのケーキが運ばれてきた。

「ふん。あのいかつい年寄りが好き好んで甘いもん食うわけねーだろ」
「でもここのお店って、紅茶とコーヒーにこだわったお店のはずだよ?僕も以前女の子とデートで来た事があるんだけど、ケーキ類も甘さ控えめで食べやすかったなー」

もう何度目かになるが、恍惚な表情を浮かべるロキはとりあえず無視して、目的の二人を観察する。
すると背中越しに親父がケーキを口に運んだのが分かった。
それを引き続き、ロキが会話を再現する。

「『お、ここのケーキは甘くなくていいな。美味いよ』」
「『ホント、美味しいですね!お口に合ったなら良かった…!』」
「『こっちのコーヒーもなかなかだな』」

親父が食べるのを嬉しそうに見ながら、ジュビアはもう一口ケーキをぱくついた。
ジュビア自身も、そこまで甘党ってわけじゃねーから、ここのケーキは本当にうまいんだろう。
ジュビアの姿を微笑ましそうに見ていた親父は、何を思ったか自分のフォークで分けたケーキをそのままジュビアの口元に差し出した。

「『こっちのも食べるかい?』」
「『えっ!?あ、はい……あっ!』」

目の前で繰り広げられる光景(とロキのアテレコ)に、俺は戦慄した。

(あ…、アーンだと…っ?!!!!)

隣では、自分の世界から帰って来ていたロキが「キャッ!大胆!」などと、婦女子の如く口元を手で隠し、俺の中に湧きあがってくる不快感を煽った。

「『ああ、これじゃ嫌だよな。悪い悪い』」
「『い、いえ、そういうわけじゃ…っ』」

気が付いた様にフォークを引っ込めると、親父はまだ口を付けていない側のケーキをジュビアへ向けて、皿ごと渡した。
それを見ていたロキが、「君の親父さん。絶対女の子にモテるね…」と、ぼそりと呟く。

「ボクから見ても、こなれた大人の魅力を感じるし、歳を取ったゆえの良い落ち着き方が、あの位の年齢の女の子にはたまんないと思うよ〜」
「だからなんだっつーんだよ」

なぜだ。
なんだか無性に腹が立つ。
ジュビアの事は心底うっとおしいと思うし、アイツの猛烈なプッシュに負けて、済し崩し的に付き合う気も無いが、だからといって他の男のモノになるのも見過ごせない。
なによりそれが、自分の実の親父なのが、生理的に受け付けねえ。

やがて、午後のまったりとしたティータイムを終えたジュビア達は、店を出て近くの公園へ足を伸ばした。
隠れるには丁度いい茂みが多く、俺とロキはその中の一つに体を紛れ込ませた。

良い具合に日が暮れ始めて、公園全体が甘いムードに包まれているように見える。
二人はベンチに腰掛けて、何やら話しこんでいる様子だ。

朝からずっとジュビアと親父の後を付けていた俺は、酷く虚しさを感じた。
アイツが隣に居ない事が今は寂しい。
わざわざ後を付けて、あいつ等が楽しそうに過ごしているのを、遠くから見て。
アイツにとっての部外者に成り下がると言う事は、こんなにも虚しいことなのだと、今初めて気付かされる。
そして同時に無性にイライラする。

「アホくさ。…帰るわ」
「え、ちょっとグレイ?!」

おもむろに立ち上がると、俺は公園を後にした。
ロキが驚いた様子で、引き留めようとしていたが、俺は振りかえることは無かった。



***************



「うーん。どうしよ。後でちゃんと説明してあげた方がいいかなあ」

哀愁漂う親友の背中を見送りながら、ロキはポリポリと頭を掻いた。

(親父さんとジュビアを見て内心焦っているんだろうな、と思うと、途中から面白くなって、真相を話さないままグレイを放って置いたんだけど…)

唯一人、ジュビアとシルバーの目的に気が付いていたロキの耳に、向かいのベンチに座る二人の会話が静かに入ってきた。


「今日は、デートのシミュレーションに付き合って下さってありがとうございました」
「いんや、礼を言われる様な事は何もしてねーよ。こっちこそ、若い娘さんとデート出来て楽しかったぜ」
「そんな、ジュビアは…っ」

顔を赤く染めるジュビアに、シルバーは豪快に笑った。

「でも良かった。グレイ様のお父様であるシルバー様なら、きっとグレイ様と好みも似ていらっしゃるでしょうから、シルバー様がそう言って下さると、少しだけ自信がつきます。普段ジュビアがグレイ様をお誘いして出かけても、グレイ様はいつも不機嫌でつまらなそうですから…」
「まあアイツの好みは俺にゃあ、さっぱり分からねーが、ジュビアちゃんがアイツの為を思って練ったデートプランなら、きっと誠意は伝わるさ」

(まあ、そんなことしなくても、アイツはとっくにこの子を好いてるんだろうけどな)

まだまだガキだな、とグレイの行動を思い返しながら、シルバーは隣のジュビアを見た。

「?どうかされました?」
「いんや、何でもねえよ」

気にすんな、と子供にするようにジュビアの頭をポンポン撫でると、やはり親子だけあって、その表情がグレイを思わせ、ジュビアの頬が少しだけ赤く染まった。


――でもこのデートプランは、もうグレイに使わない方がいいかもな

苦笑いを浮かべながら、はあ、とため息をつくと、シルバーとロキは心の中で同じセリフを口にした。


〜終〜
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ