小話

□夏の終わりに
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夏の間、パーティーやバカンスに利用されたであろうコテージは、役割を終えひっそりと佇んでいた。
夏の終わりの夕暮れ、私は再び海のすぐそばにあるそのコテージを訪れた。あの日と同じようにブロンズ色に輝いている海を見ながら、彼のことを思い出していた。ほとんど名前しか知らないあの人、カミュのことを。

夏の始めのある日、コテージでは小さなパーティーが開かれていた。私は、友人の誘いでそのパーティーに参加することになっていたが、突如友人が参加出来なくなり、ひとりで参加していたので、早めに失礼するつもりだった。
壁の花になっていた私が、欠伸を噛み殺すと、ふとこちらを見ている視線に気が付いた。向かいの壁際にひとりの男性が立っていた。長身で端正な顔、クールな表情。一目で、自分とは無縁の人だと感じるほどの秀麗さ。私はすぐに視線を反らしたけれど、彼は何を思ったのか、こちらへ歩いてきた。
「退屈…ですか?」
「あ…えっと……」
突然声をかけられて、しどろもどろになってしまう。頷いてカミュ、と名乗ったその人に同じように尋ねた。
「あなたは…?」
「今の今までは。」
カミュは軽く微笑んで頷いた。彼の表情に、私の心臓はドキッと音をたてた。その時、近くにいた女性があからさまに羨望と敵意の混ざった視線で私を見た。
『!』
思わずいたたまれなくなって、
「少し涼みに…失礼します。」
足早にテラスへ出て、ほぅっと息をつく。だが、テラスへ出てきたのは自分だけではなかった。カミュの手にはシャンパン。勧められるまま、シャンパンを受け取った。口をつけると、芳香な香りが鼻を擽り、強めのアルコールで眼が潤む。
「何故、立ち去ったのです?」
(何故って…)
「…パーティー中の女性を敵にまわしてしまいそうで…」
(それくらい、あなたが素敵だから…)
カミュは、微笑んだ。
「私が嫌だからではなく?…それを聞いて安心した。」
カミュに手を引かれて、すぐ近くの海辺へ抜け出した。
「綺麗…」
海は夕陽でブロンズ色にキラキラと輝いていた。他愛のない話をするうちに、辺りが暗くなり始めた。
「その格好では冷えてしまう…」
カミュが自分の上着を脱ぎ、私にそっとかけてくれた。背後にカミュを感じて、思わず首を後ろに向けて見上げると、彼の視線と重なった。吸い寄せられるように、唇が重なる。そっと唇が離れると、カミュはそれまでのクールな表情から、少しはにかんで微笑んで見せた。その途端、私の心臓はドキドキと高鳴り、身体は熱を帯びてぐらついた。悦びと、少し苦しいような甘い痛みが走る。
「また会ってもらえるだろうか…」
私は頬を染めて頷いた。信じられないような高揚感が私の中に満ちていた。

約束の日、カミュは現れなかった。
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