企画

□夏の雪解け
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「…何?なんか顔についてる?」

「別に」

「そ。鬱陶しいから見ないで」

「……」


それが恋人に対する態度か。
毎度お馴染みのツッコミを心の中でかまして、視線を窓の外へと移す。
夏は日が長いから、まだ辺りは暗くない。

マネージャーは一週間交代制で日誌を書いている。
うちのマネージャーは江となまえの2人。
江はどうだか知らないが、面倒臭がりな目の前の恋人は、一週間分を一気に書こうとしている。

運良く早めに切り上げられた部活、これはしめたと教室に戻って書き進めている…と江が言っていた。
先に帰ってるね、と言った真琴たちに背を向けて、校舎へ向かう。

俺が教室に着いた時には、まだ1日分しか終わっていなかった。



「遙〜、一昨日って何やったっけ」

「…タイムとった」

「そうだった」


わかりづらいと言われる俺が言うのもあれだが、なまえは感情をあまり表に出さない。
夏の日差しを浴びているはずなのに、透き通る様な白い肌の下に隠している。
どこか棘のあるように聞こえる言葉に隠している。

その奥に隠されたものを、俺は知っている。
だけど、知っていて、俺も隠している。

本当の彼女を知ったら、今よりもっと、怪しく光る狼の目が彼女を逃がさないだろう。
美しく気高い白い薔薇。
狼たちの間でそのように呼ばれているのを最近知った。
呼ばれている当人はもちろん知らない。

…なまえは俺のだ。
そんな事を考えていたらモヤモヤしてきた。
先ほどの突き放す様な言葉が一瞬頭を掠めたが、なかった事にした。

じっと彼女の顔を見つめる。
長い睫毛を宿す瞳は日誌へ向いている。


「見ないでって言ったよね」


視線はそのままに、そう放たれた声は冷たくて、夏の空気でさえも凍らせてしまいそうだ。

それでも。
俺は知ってしまったから。


「!」

「…やだ」


この手を伸ばしたくなる。
隠しているものを暴くために。

伸ばした手はシャーペンを握っている手に絡めて、シャーペンを奪う。
何してるんだと言いたげな、冷たい瞳と視線が交わる。
…やっとこっちを見た。
俺を見据えるその顔には、眉間に皺が寄っている。


「…返して」

「やだ」


指と指を絡めると、微かに温もりが生まれた。
ぴくり、となまえの肩が動く。


手がひんやりしているのは、冷え性だから。

棘のある言葉を落とすのは、人見知りだから。

眉間に皺が寄るのは、困っているから。


俺は、知っている。
彼女の隠している本当の彼女を。


「…ちょっと…離、して。日誌書くから」

「…やだ」

「やだじゃなくて、」

「?」

「早く、帰りたい、から…」


一緒に、
そう付けたされた一言で
そのいじらしい可愛さで
何もかもチャラになる。
溶かされて、ほだされる。


「っ!ちょっ、まっ…んんっ…!」


普段の彼女からは考えられない言葉を貰ってしまっては、スイッチが入らないはずもない。
赤く染まっている頬に手を添えて、熟れた唇に自分のそれを重ねれば、甘い香りに満たされる。

そっと離れて視線を向けた先にあるのは、真っ赤ななまえの顔で。


「…いつまで恥ずかしがってるんだ」

「…だって…無理…」


指摘すれば少し泣きそうになって。
そういう所も、可愛い。
やっぱり離したくないと思う。
なまえの耳元に口を寄せる。


「早く書き終えて、」

「?」

「続き、したい」

「…!!」


氷のように冷たい視線も表情も、今は溶けてしまって跡形もない。
真っ赤な顔がさらに赤くなってしまった。
自然と頬が緩んだ。


本当の彼女は、恥ずかしがり屋で可愛らしい。

俺だけでいい。
知っているのは。

彼女の隣に居る、俺だけで。

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