企画
□日常という名の幸せ
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「ハールちゃん」
「…ちゃん付けはやめろ」
「へへ、そうでした」
昔からの癖って、なかなか治らないもの。
私の場合、治そうとしてないのもあると思う。
こつん、と私の額を叩いて、しょうがないなって困ったように少し笑う ハルの顔が好きだ。
だからまた、困らせたくなる。
小さい頃から変わらない。
私の隣にはハルがいた。
ハルと真琴と私、ご近所同士、生まれた時にはすでに知り合い。
所詮、幼馴染。
しかし、気がついたら私は、ハルのことを幼馴染として見なくなっていた。
いつの間にか、男の子として見ていた。
見た目からしたら、真琴の方が男らしい…けど、私はハルのことを好きになった。
そして、ハルも私のことを好きだと言ってくれた。
去年の夏の暮れのことだった。
そこから私たちの関係は、幼馴染から恋人になった。
だからと言って、特に変わったところがあるかと聞かれれば、ないと答えると思う。
事実、そんなに変わってないもの。
朝は三人で登校して、昼は水泳部のメンバーに混ざってお昼を食べて、放課後は泳いでる姿を目の端に捉えながら、部活に励む。
時間が合えば一緒に帰るし、休みの日はデートという名目で遊びに行くこともある。
唯一変わったのは…スキンシップの度合い?
「そうだ、この間言ってたやつ、作ってみたの」
「鯖かっ…?!」
「そうそう。煮付けなんだけど…」
自分じゃ出来がわからなくて、と続けた。
鞄の中から先程部活で作ったばかりの、鯖の煮付けを詰めたタッパーを取り出そうとする。
ちなみに私の部活は料理部だ。
「……ハル、手…」
「……」
「一回離してくれないと、取り出せないんだけど」
「いい」
「いいって…」
せっかく、ハルの為に…作ったんだけどな。
もしかして、いらない??
どうやらそんな心境が、顔に出ていたようで、ハルはきゅっ、と繋いだ手に力を入れた。
男の子の手だった。
「…ウチにくればいいだろ」
「…そうだね」
「ん」
そうだよね。
今渡しても家で食べるだろうし。
当たり前のように言ってのけたハルに気づいて、小さく笑みを零す。
そしてさっきしてくれたみたいに、きゅっ、とハルの手を握り返した。
いつから彼の手は、こんなに大きくなったのだろう。
海岸線が揺らめく度に夕日がキラキラと反射している。
静かな海沿いは、もうすぐ終わる夏を表してるようだった。
「もうすぐ秋になるね」
「ああ」
「水泳のシーズンも終わっちゃうね…いつまで大会あるんだっけ」
「再来週のが今年最後だ」
「そっかぁ…」
今年、再び競泳の道に戻った幼馴染たちは、キラキラ輝いていた。
ハルも何か乗り越えたっていうか…一皮むけた感じ?
笑顔も心なしか増えたし、いいことだと思う。
「ハル、泳ぐの楽しい?」
「…ああ」
「よかったね」
ハルが楽しいなら私も嬉しいよ。
楽しい、なんてあんまりハル言わないし。
そう付けたして、笑顔でハルを見上げた。
…って、あれ?
今、ふいって、顔を逸らされた。
「…ハル?」
「……」
「ハールちゃーん?」
「……っ、」
「もしかして、照れて「うるさい」
こっちを見ようともしない。
何年一緒にいたと思ってるの?
もう、バレバレなのに。
…かわいいなぁ。
密かに口角を上げる。
落ち着いたのか、気がついたら向けられていた視線。
「なまえ」
なに、と聞こうとした。
けれどそれは結果叶わなかった。
顔を上げたら、唇に柔らかいものが押し付けられて、瞬間、離れた。
遠くなる顔は、まさに してやったりって言ってるみたいだった。
何が起こったか、突然のことに頭はついていかなくて、ぽかんとしてしまった。
「アホ顔」
「なっ…!」
ふっと口角を上げたハル。
途端、顔に血がのぼる。
どうやら彼の方が一枚上手。
そんな事も知ってたのだけれど。
当たり前でしょう?
何年恋してたと思ってるの?
だけど、仕返し成功と言わんばかりに不敵な笑みを小さく浮かべる彼が可愛いから。
余計な一言は言わないであげよう。
(実は彼女のほうが一枚上手だったり)