企画

□イルカ奮闘記
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"鯖ってスズキ目サバ科なんです。大きさも味も違うのに分類は同じなんですよね"

その一言で俺は君に惹かれたんだ。



「あ、また借りに来たんですね」

「ああ」

「今度は何を借りるんですか?……"深海の生物図鑑"ですか」


これは見応えありますよーなんてニコニコ笑う。
深海の生物に興味はない。
あるのは彼女と喋りたいという下心だけだ。
この図書室に通うのも、彼女が当番の時だけ…情報源は俺の後輩であり彼女と友達の江だ。

どうして彼女が鯖に詳しかったのか。
本人に聞いたところ、その道に進むらしかった。
"水族館の飼育員とか、魚の専門家とか…そういう方向の職に就きたいんです"
照れた様にはにかむ彼女は可愛らしかった。


「なまえ」

「はい、なんですか?」


貸し出しの作業を終えて、こちらに図鑑を差し出した彼女に声を掛ける。


「週末の大会、見にこないか?」

「え、いいんですか?」

「あぁ」

「じゃあお言葉に甘えて。少し興味があったんです」


遙先輩ってどんな風に泳ぐのかなって。
付けたされた言葉に驚いて、目が見開かれるのが自分でもわかった。
……俺の泳ぎ?
そんな俺の変化に気づいたのか はたまたそうではないのか、続けてこう言った。


「江が遙先輩の泳ぎはイルカみたいだって言ってました」


…なんだそれ。
イルカの様に泳ぐらしいので見に来る…という事か。
つまりそれは、
"俺"を見に来る訳ではない…?
イルカの様に泳ぐと聞かなければ来る気は起きなかったという事ではないのか?

内心上がったテンションは、ジェットコースターのように勢いよく急降下だ。
落差が激しいが、それが表情に出る事はない。




「遙先輩、なまえちゃんを誘ったんですね」


さっき聞きました、とタオルをこちらに差し向けながら江が話しかけてきた。
肌に浮かぶ水滴を拭き取りながらこくりと頷いた俺の顔をじっと見つめて来る。


「…何だ」

「いや…その割には嬉しそうではないので」


…江には気づかれてしまっているということか。
話したわけではないのに。
俺は先程の事を話してみた。
すると、


「そんな事ないと思いますよ?」

「え…」

「だってなまえちゃん、私がその話する前から見てみたいって言ってましたから」


江の言葉で、ジェットコースターは再び急上昇を遂げた。
それは、期待してもいいという事なのだろうか。
天然で、こちらの気持ちなんて気づいていないものだと思っていたが。


「…あんまり期待はし過ぎない方がいいとは思いますけど…」


俺の様子を見て、苦笑いで付け加えられたその一言でまた急降下。
ここでやっと気づいた。
ジェットコースターは最終的に下るものなのだった、と。




彼女の友達の江は言った。
ああいう天然ちゃんには攻めあるのみだと。
ここは男の見せ所だ。
今こそやる時だぞ七瀬遙。
やってやる…


「遙先輩!」

「! なまえ…」

「お疲れ様です!すごく素敵でした!!」


笑ってそう言った彼女の初めて見た私服姿が可愛くて、ドギマギしてしまうのは仕方が無いと思う。
そんなもんだ、男って。


「江の言っていた通り、イルカみたいにダイナミックな泳ぎでした!」


放たれた言葉が悪意のないものだというのはわかっていた。
けれど、


「…は、遙先輩??」

「なまえ 知っているか?」

「な、何でしょう?」


お互いの距離を縮めて、壁ぎわに追いやれば、驚いた顔がこちらに向けられた。


「イルカは…肉食なんだぞ」

「え?…あぁ、知ってま…っ!」


生意気なことを言う口なんて、塞いでしまえばいい。
そうすればほら、大人しくなる。
熱っぽい視線が濡れる瞳の中で彷徨っている。


「遙先輩…?」

「好きだなまえ。気づいてなかったかもしれないが…」

「え…」

「付き合ってくれないか?」

「…はい」


顔を合わせて微笑めば、言葉にできないような幸せな気持ちが胸を満たす。
もうイルカでも何でもいいか。

ただ、俺の気持ちに全く気づかなかったと言った彼女に、もう一度キスを落とすぐらいはしてもいいよな?

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