企画

□全部ひっくるめて
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大人しいが社交的で、控えめな笑顔が可憐。
クラスのマドンナ、そんな称号が似合うやつ。
それがみょうじなまえだった。


いつからだったか…確かそう、1週間前位からか。
誰かに見られていると気づいたのは。
何処からかはわからないけれど、視線を感じるのだ。
気のせいかとも思ったが、さすがに1週間もすると認めざる負えなくて。
休み時間に、覚悟してばっと不意をつくようにして振り返った。

目が合ったのはみょうじだった。
その事に内心かなり驚いたのだけれど、それ以上に相手の方が驚いているようだった。
ガタンと音をたてて席を立ったと思ったら 教室の外目指して全速力で駆けていった。


「ハル?どうしたの?」


慌てた真琴の声が後ろからした。
廊下の随分と先にいるみょうじの背中を目の端に捉え、後を追いかける。

駆けながら、なかなか差が縮まないと感じた所で思い出した。
みょうじなまえは大人しいやつだったが決して鈍臭い訳ではなく、むしろ運動神経はいい方だった。

それでも男女の筋力差はあって。
少しずつ縮んでいった距離は、ついに手を掴むまでになった。

足を止めた場所は、普段あまり使わない教室の並ぶ棟で。
廊下には休み時間だというのに人が誰もいなかった。
お互いの息遣いしか聞こえない。


「逃げないから…離してもらえない…?」


観念した様子を露わにしたので、言われた通りに細い手首を掴んでいた自身の手を解いた。
そして、最近の行動について真っ向から聞いてみた。
小さく頷いたみょうじは覚悟を決めたように真っ直ぐ俺を見つめ、こう言った。


「私…実は筋肉フェチなの」


すべてが繋がった気がした。






「こんな事本人に言うの、気が引けるんだけど…ほら、夏服になったでしょ?それで…えっと…う、腕とか…見えるようになって…つい、見惚れてしまいまして」


視線を左右に彷徨わせながら、終いには消え入りそうな声でごめんなさいと呟いたみょうじ。


「別に…」


そう返すと驚いた顔をした。


「え…あの、引かないの…?」

「…ああ」


そりゃあ まあ。
クラスのマドンナにそんな嗜好があったとは初耳だった訳で。
戸惑いもしたわけなんだけど、何故だか嫌な感じはしなかった。
…完全に部活で耐性がついたのか。
頭の片隅を凛と同じ赤髪が掠めた。


「私…こんなだから人とうまく付き合えなくって…隠しても罪悪感が拭えないんだ…だから友達がいないの」


悲しそうに微笑むみょうじ。
それを見たらギュッて心臓を掴まれたみたいに苦しくて、何とかしたい、って瞬時に思った。


「紹介…するか?お前と仲良くできそうなやつ」

「え?」

「少なくとも、俺はもう友達だぞ…なまえ」


ぱちくりと瞬きを繰り返すみょうじ…もといなまえ。
しまった、らしくもない事を口走ったと後悔した。

でもそんなのは、明るい顔をしたなまえによって何処かへ吹き飛んだ。


「ありがとう」


目尻をキュッと下げて、左頬に出来る笑窪はみょうじなまえが本当に笑った時に現れるもの。

…なんで俺はこんなこと知っているんだろう。
運動神経はいい方だと知っていたのは。
大人しく控えめな笑顔が可憐、だが、それが本当の笑顔でない事も知っていたのは。


俺もこいつの事を見ていたからだ。

どうして?
それは…好き、だから。
全部ひっくるめてなまえの事が好きだからだ。


まだ言わない。
恋愛事よりも友情関係で頭を悩ませる彼女は俺の事を何も知らない。
俺の筋肉しか、興味ないのだろう。
全部、教えてあげるから。
どうか伝える日が来ますように、なまえに この気持ちを…



後日、なまえと江が会った瞬間、まるでそれが運命の様に仲良くなったのはまた別の話だ。


「遙くん、私水泳部のマネージャーになるね」

「ッ?!?!」


俺にはオイシイ吉報付きで。

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