企画

□噛みつかないで
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「ったぁー…」

「なまえ、どうした」

「紙で指切った…」


今日はお互いテストが近いから、勉強会という名のお家デートを凛の家で開催している。
お家デートと称するのも憚れるような気がしてしまうのは、おそらく小さい頃からこの家に出入りしていたからだろう。

親同士が仲いいとか家が隣だとか、そういうよくある理由で出会ったわけではなかった。
公園の砂場で各々遊んでいたら、いつの間にか友達になっていた。
それが小学校に入る前だから彼とは相当長い付き合いをしている事となる。
まぁ関係は変わっているのだけどね。
因みに家は隣ではなく、通りがひとつ違うだけで徒歩5分の距離だった。


「ホラ、見せてみろ」


と、ローテーブルを挟んで手首を掴まれた。
傷口からぷっくりと血が溢れる。


「こういうのって、意識しちゃうと途端に痛くなるよね」


ツキツキとチクチクと、脈打つたびに痛む。
傷から意識を逸らすために違う事を考えた。
絆創膏持ってたかな…って、


「なにしてんの、凛」


ふと凛の方を見ると、私の手の指に口を寄せていた。


「あ?…消毒だよ」


唾つけときゃ治んだろ、と付け加えて止める隙もなく指をパクリと口に含んだ。


「ちょっ…っ、」


凛の口内は生温かく舌がヌルヌルと傷口を這う。
背中に鳥肌が走った。
ぞわぞわと毛穴が疼くような、こそばゆい感覚。


「っ、やめて!」


静止を求めても聞く耳を持たず指に纏わりつく赤い舌がチロリと見える。
瞬間、チクリとして、指から口が離れた。

噛んだのだ。
あのギザギザした歯で。
と言っても甘噛みだったから血が出るほどではない。
思わず凛を睨んでも知らんぷりされた。


「…凛のバカ」


そんなちっぽけな悪態しかつけない自分を情けなく思う。
どうも昔から凛には弱いのだ。
余程の事がない限り強く言えない。
どんな事されても…許せてしまう。
それほど惚れ込んでしまっているってことなんだけど。


「でも、血止まっただろ?」

「…ホントだ」


言われて指先を見ると、本当に止まっていた。
…ああ、だから憎めないんだよ。


「俺のお陰だろ?」

「ハイハイ」

「お礼ちょうだい」

「は?」


適当に流して勉強を再開させようとした。
が、凛の言葉に顔を見上げる。
挑発的にこちらを見て、口をすぼめる凛がいた。


「……」

「……」


無言の圧力に無言の抵抗で答えるが、長くは続かず、小さくため息を零したのは私だった。


「しょうがないな…」


呟いたそれに当然、というような笑顔を見せてきた。


「思い通りにいかないと、すぐ泣いちゃうもんねー凛ちゃんはー」

「はぁっ?!泣かねぇよ!」

「嘘つきー。小学生の頃、駄菓子屋でラスト一個のコーラのアイス目の前で買われた時、泣きそうになってたのは誰だったっけ?」

「うぐっ…」


言い合いになったら勝つのは私。それも昔から変わらない。


「ほら、目ぇ瞑っててよ」

「……フン。かわいくねーヤツ」

「知ってますー」


そんな言い合いをしながら、唇は確実に私より綺麗な顔をした凛に近づいていた。

そっ、と凛の鼻の先に触れて、離れた。


「…なんでそこなんだよ」

「だって自分の血の味するなんて嫌だし」


思いっきりしかめっ面をしても嫌なものは嫌だ。
…睨まれても怖くなんかないし。


「……うがいしてきたら、続き、考えなくもない」

「…言ったな?逃げんじゃねーぞ」


立ち上がって部屋から出て行った凛の背中を見送った。
行き先はわかっている、洗面所だ。


「…あーあ」


私は本当にとことん凛に弱いなぁ。
というか、勉強どころじゃなくなってしまった。
…まぁいいか。
こんなことになるだろうと思っていたし。

小さい頃からずっとこんな感じ。
ロマンも色気もない。
でも、それが私達だし。
いいよね?

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