企画

□恋を知らない横顔
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あーあ。
最悪の席になっちまった。

進級して初めての席は出席番号順。苗字は比較的後ろだけど、俺の席は窓際の前から2番目だ。1番先生に見られやすい席。案外1番前は灯台下暗しなんだよな。


「よぉ、倉持」
「あっ?!てめぇ御幸!このクラスかよ?!」


ありえねぇと苦い顔をする倉持。こっちだって願い下げだっつの。幸いなのは席が離れていることぐらいだ。倉持は廊下側。

まぁ実際そんなにこだわらないけどな、席には。どうせどこにいたって教科書よりスコアを見る事に変わりはねぇし。
大事なのは周りのヤツ。
特に隣の席。
俺がそんなことしてても無関心な、何食わぬ顔でスルーしてくれるヤツだったらいいんだけど。

そう考えているうちに隣から物音が聞こえた。横目で見るとスカートが目に入る…あ、さらに最悪。

女子はうるさい人やファンの子だったら面倒くさい。甘ったるい耳障りな声と視線には眉を寄せてしまう。そういうタイプだったら完膚なきまでに無視だな、と考えながら上げた視線は硬直した。

柔らかそうな髪の毛、横からだとよくわかる…長い睫毛や小さい鼻、ツンとした唇…
恋なんて無縁だったけど、一目惚れとはこんな時に使う言葉なんじゃないか、なんてぼんやりと思った。一瞬で、堕ちた。重い球を受けた時みたいに…胸にズンときた。

人は自分に向く視線にそれほど鈍感ではない。穴が空くほど見ていたらそりゃあ気づくだろう。視線がぶつかった。彼女は目を見開いた。


「…あ、の?」
「あ、俺 御幸一也。よろしくな」
「…みょうじなまえです」


ガン見してたこと、気づいただろうかと焦ったけど、不信がる様子はない。よかった…気づいてねぇみたいだ。

正面から見た顔が悪いというわけではない。可愛い部類に十分入るだろう。
でも…横顔。
横顔がとてつもなく…魅力的だった。
性格は控えめらしく、視線があったのは最初の一瞬だけ。

挨拶だけで終わりたくなくて、必死に話題を探す。話題って何?心の中で問いかけるも、答えてくれる友達もいない。
つーか、なんで俺こんなに必死なんだ?

そこでふと、見つけた。
俺の視線はある一点に定まっていた。


「なぁそれ、どうしたんだ?」


みょうじの俺とは違う小さくて柔らかそうな手。
そこに細かい傷が幾つもついているのが確認できる。髪とかも痛んでないし、手とかも手入れしてそうなのに、なんでそんなに傷だらけなんだ?


「あ、これは…猫に引っかかれて」
「猫?飼ってるの?」
「ううん、あ、飼い猫だったけど私が飼ってるわけじゃなくて…」
「…うん?」
「…子猫を、」


言っている意味がわからず首を傾げると、説明してくれた。
塀から降りられなくなってた子猫を助けたら、びっくりされちゃって、引っかかれたの。と恥ずかしそうに呟いた。想像すると、面白い。きっとあたふたしてたんだろうなって。

あ…なんかそういうのすごく、


「好きだな」
「へっ?」
「え?」


は?何今の。驚いた顔してるけど、俺の方が驚いている。


「違くて…や、違くねぇんだけど、そういうことする人好きだなって…」


俺は慌てて言葉を付け足した。やべ、なんか顔あちぃ。

気がついたら勝手に口から零れてた。普段俺の口は固い。考えてることも必要ねぇときはあんまり言わねぇし…って、俺 超カッコ悪りぃ…


「…ありがとう」


この目に映ったのは、確かに君の笑顔。
少し頬が染まった、優しい笑顔…

素直に、可愛いと思った。
そんで、誰にも見せたくないとも。


俺は恋をしたことがないけど、自分が自分じゃなくなって、だけど全然…嫌じゃないんだ。多分これが恋なんだと思う。

今はまだ言うつもりねーけど、好きだって伝えたら君はどんな顔をするんだろうか。

ふと、自分のヒッティングマーチが頭の中で流れた。
思わず笑いを漏らすと、どうしたのと顔を覗き込まれる。淀みない綺麗な瞳に心臓がどきりとした。控えめかと思ったら踏み込んで来るギャップ。でも、嫌じゃない。


「なんでもないよ、なまえ」
「え…?」
「なまえって呼んでもいい?」


意識するだけでこんなにも、緊張するのか。
未知の世界へ、まずは一歩。




(君を狙い撃ちするまで)

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