めいこい 中編

□僕と踊ってくれませんか?/切
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「お手をどうぞ、お嬢さん♪」

チャーリーさんが急にそんな事を言って私の手を取るから、読みかけの本と老眼鏡を置いてテラスに出た。

ついこの間までは夏の名残で夜も蒸し暑かったのに、今は少し肌寒い。
空気も澄んで来ているのか、頭上には宝石を散りばめたかの様に星が輝いている。
そしてその輝きにも負けない存在感を放つ満月によって、足元には薄っすらと影が落ちていた。
庭から聞こえる虫の声も、季節が変わっていた事を教えてくれる。

チャーリーさんと手を取り合いつつもそんな事を考えていたら、そのままゆっくりと手を引かれるから着いていく。
片方の手はいつの間にか腰に回されて、ダンスを踊っているみたいだ。
繋いだ手を軽く上げて、それで舵を取っているかの様に、
一歩ずつ、ゆっくりとステップを踏む。

「たまにはこう言うのも良いでしょ?
足は大丈夫?」

聞かなくても分かってるくせに、イタズラっぽく笑う。
お医者様から「もうあまり無理をして歩かなくて良い」と言われる位には年をとってしまったけど、この程度ならまだまだ平気だ。

「あんまり年寄り扱いしないでくれる?」

「あはは、ごめんごめん。
芽衣ちゃんはずーっと変わらず可愛いよ♪」

ポンポンと頭を撫でられて、促されるままに胸に頭をもたれると少し楽になった。
やっぱり、あまり強がるのもいけないかもしれない。
軽く目を瞑ると足が止まり、短く整えた髪を手で梳く様に再び撫でられる。
自分が犬猫にでもなったみたいで、ふと、明治時代で猫を抱いていたチャーリーさんの姿が思い出された。




「ちょっとそのままでいてね。

ーーー3・2・1!」

パチンと指を鳴らす音と共に布が擦れる音がする。
昔にもこういうことがあったと思いながら目を開けると、私は、遠い昔に見覚えのある山吹色のドレスを着ていた。
明治時代で鷗外さんが仕立ててくれたあのドレスだ。

たった一ヶ月間の出来事だったけど夢の中にいたような時間の事は何度も思い出していた。
でも当時と同じ物を身に纏っているせいか、このドレスの肌触りと共に鹿鳴館の空気まで蘇る様だ。
といえば、お約束のローストビーフの匂いもしないかな…、なんて考えてしまった自分に少し呆れる。

「もう。こんなお婆ちゃんにあの頃みたいなドレスだなんて」

「そお?でも懐かしいでしょ」

「……大体、ドレスを着たらもう踊れないわよ?」

このドレス位の重さを支えながら足を出すのは、今の自分には難しい様に思えた。

「僕がついてるから大丈夫だって♪
ほら、アン、ドゥ、トロワッ♪」

「……それは違うと思うけど」

でも確かに思った程の重さは感じないし、足取りは変わらない。
と言うよりも、さっきよりも軽い?

状況が掴めなくてチャーリーさんを見上げてみるけど、ニコニコと笑うだけで答えてはくれない。
いつの間にか虫の声も消えていて、木々を揺らす風の音だけが聞こえる。


取り敢えず自分の姿を確認しようと窓に駆け寄ってみたけど、影になっていてよく見えない。
肩までの髪を下ろした自分が、シルエットになって霞んでしまう程の明るい光が背後からさしていた。

それはドレスや礼装で着飾った人々が集まるホールから漏れる光で……




……振り返ると、私が立っているのは鹿鳴館の二階のバルコニーだった。


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