めいこい 中編

□僕と踊ってくれませんか?/切
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周囲の状況が分かると同時に晩餐会の賑わいが伝わってきた。
チャーリーさんの姿は無く、バルコニーには私しかいない。

(……また1人)

何かあればきっと助けてくれるんだろうけど、どうしていつも1人で置いていくのか。
仕方が無いから中に入るとちょうど音楽が変わり、微かにざわめいていた。

ーダンスが始まるのかな?

うっかりホールの中央に出てしまったので壁に向かおうとすると、ふんわりと手を取られる。

「おやおや、こんなところでまた会うとは。
僕のダンスのパートナーになってくれるかい、子リスちゃん?」

鷗外さんだ!懐かしい。
私がダンスを申し込まれているはずなのに、手をしっかりと握って離そうとしない辺りは、相変わらずと言ったところか。

「あ、あの、せっかくなんですが、こんなお婆さんにはダンスのパートナーは務まらないかと…」

「はあ。何を言ってるの?
君は相変わらず寝ぼけたままだね」

心底呆れたという様子で声を投げかけてきたのは春草さんだった。
鷗外さんの手からすり抜けて部屋の隅にかけられた大きな鏡の前に連れて来られた。

「自分の姿をよく見なよ」

とぶっきらぼうに言うけど、うっすらと浮かぶ笑みは優しい。

気を取り直してちゃんと見てみると、初めて明治時代に行った高校生の頃の自分がそこにいた。

これが今の私…なの?

明治時代に来ただけじゃないんだ?と鏡をまじまじと見つめていると、背後に音二郎さんが通りかかった。

「よう、元気そうじゃねぇか。
化粧も上手くなって、教えた甲斐があったぜ。
いや、お前がキレイになったんだな」

見惚れる様な二枚目ぶりと"姉御肌"は健在だ。
それに音二郎さんがそう言ってくれるなら、若返っているのが鏡の中だけという事はなさそうだ。

なにはともあれ自分の状態が分かったら急にお腹が空いてきた。
どうしてかは分からないけど、ここが明治時代の鹿鳴館で、晩餐会というならローストビーフもあるに違いない。
ご馳走のある方へ行こうとすると、目の前を白いボールの様な物が横切った。
と思ったら走ってきた誰かとぶつかって転んでしまった。

「痛いなぁ…!どこ見て歩いてるのさ!
あんたがドン臭いのは結局治らなかったんだね!
それに、この僕をこんなに待たせるなんて図々しいにも程があるよ!!」

それだけまくし立てると、肩にあのウサギを乗せてさっさと行ってしまった。
……鏡花さんもお変わりありませんね。
なんて言ったら、また倍にして返してくれるのかな?
少し嬉しい様な気持ちで思い浮かべていたら目の前に手が差し出された。

「大丈夫ですか、娘サン。
お怪我は無いですか?」

ウサギが…と言いかけたところで八雲さんだと気付き、笑って誤魔化した。
大丈夫だと応えたけれど、困った顔をしたままで、とても優雅に手の甲にキスをされた。

「あぁ!私に心配をかけまいとそんな事を言うんですね!マイスイートフェアリーはなんとお優しいんでしょうか!」

あ、結局スイッチが入ってしまったみたい。
さっきの気品溢れる八雲さんとは別人の様だ。
でも、心の底から気遣ってくれるその優しさに、当時の自分がどれだけ救われていたか。
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