めいこい 中編

□僕と踊ってくれませんか?/切
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八雲さんに立たせてもらってご馳走の所に行くと、ローストビーフは無くなってしまっていた。

…あぁ、明治時代に来た日は結局食べられない運命なのね。

でも他のお料理も美味しそうだから主に肉料理を取っていると、上から伸びた手に皿を取り上げられた。

「ふ、藤田さん?!」

え、ご馳走を食べちゃダメなの?
じゃない、何かやっちゃったかな?
初めて出会った時の事をあれこれと思い出して緊張していると、お皿に何やら追加をしてから返された。


「?」

「……肉ばかりでは無く野菜も食え」

…………………そこ?!

余りに予想外で、お皿を受け取って藤田さんを見上げたまま固まってしまった。

「どうした、腹が減っているのだろう?」

目を細めて「ふんっ」と笑うと、藤田さんは踵を返して去って行った。

ーそういえばそういう人だった。

背筋の凍る様な思いをする度にあの大きな背中に何度も守られて来たけど、
まるで母親が娘に言う様に、生活態度の心配もされていた。



みんな変わっていないな。
この時代に来たのが昨日の事の様に思い出される。
でも、チャーリーさんはどこに行っちゃったんだろう?

きょろきょろと回りを見回していると音楽が止み、例の威勢の良い口上がフロアに響いた。

「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
西洋奇術博士・松旭斎天一が贈る
世紀の大マジックショーだよ!!」

チャーリーさんだ。
でも………燕尾服?
それなのに回りのお客さんはちゃんとチャーリーさんの事が見えている様だ。
不思議に思っている間にも、チャーリーさんのショーは始まり、次から次へと繰り出される奇術に歓声が上がる。


「さて、ご覧いただきますこの箱、入れたものすべてをこの世から消してしまうという
摩訶不思議な箱にございます」


例の黒い箱が出てきた。
予想通り私に声を掛けるから、チャーリーさんの手を取ってみた。

今度は一体何をするつもりなの?

黒い箱に入ると声が聞こえてくる。


「ー3・2・1!」

箱が開くとそこはーー。





変わらず鹿鳴館のホールだった。
でも先程までいた大勢の人達は全て消えて、チャーリーさんと私の2人しかいない。
晩餐会が開かれていた形跡はあるけど、明かりも消えてしまって薄暗い。

ーーもしかして、私じゃなくて回りの人達を消しちゃったの?!

「ちょ、ちょっと、チャーリーさん!!
何したの?!他の人達は?!」

南極なんかに飛ばされでもしたら大変だ。
みんな無事なのだろうか?
この先の日本の歴史だって大きく変わってしまうのではないか?

焦りながらチャーリーさんに詰め寄ると、呑気な答えが返ってきた。

「ん?時間が来たからお開きになったんだよ。
もっとみんなと話したかった?
でも大丈夫だよ、すぐ会えるからさ」

…なにそれ。私が箱の中で寝てたの?
………前科はあるにしろ、今回はそんな間は無かったと思うんだけど…。

でもお開きって……今は何時?
窓から見える空が薄っすらと白んで来ているから、もうすぐ夜明け?

ーこんな所に取り残されても困る。

ひと気のない鹿鳴館から1人で出てくるなんて間違いなく不審者扱いだ。

「早くここから出ないと!」

階段へ向かおうとチャーリーさんの手を取るけど、逆に手を握り返されて引き寄せられてしまう。

「えー。せっかく僕たちで独り占めしてるんだからさ…。
僕と踊ってくれませんか?お嬢さん♪」

な、なにを呑気な事を…!!!

驚いて思わず目を見張ってしまうこちらの様子は全く意に介さない。
それどころか空いていた手は腰に回されて、足はステップを踏んでいる。
いつの間にかリードをされていて、もう観念する事にした。

でも、踊ってる間に1人になってしまうなんて滑稽も良い所だし、……なにより寂しいじゃない。
恨めしく思いながら見上げるけど、相変わらずニコニコと笑うだけだ。

「大丈夫だって♪」

まぁここに来るのは初めてでは無いし、あの頃よりは人生経験も積んでいるから何とか出来そうな気がするけど………。

人生経験……。
そうだ。
身体が軽くて、懐かしい人達に沢山会ってつい忘れていたけど、今の姿は本当の私じゃない。
これは思い出の中の姿だ。
現代の晩に、今みたいにチャーリーさんと踊っている時に明治時代に迷い込んだんだ。
あれは夢では無かったはずだ。
なら、今が夢の中?

「これは……夢なの?」

尋ねてみると、チャーリーさんは一瞬、軽く目を伏せた。
その時、笑顔が消えた様に見えたけど、気のせいだったかな?


「…………夢では無いよ」

いつものヘラリとした調子に戻っている。
チャーリーさんが嘘を付く理由も無いし、夢でないならこれは現実なのだろう。

「そんな事は良いからさ、はい、右足ー、左足ー」

からかう様に手を引くチャーリーさんに身を任せてステップを踏み続ける。
やがて空は明るくなり陽が差しても私達は踊り続けていた。




……
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