小道

□蝶
1ページ/1ページ



花魁
花街に咲く艶やかな華
体を売っても心を売らず
気高き夜の蝶




「春未、お座敷に行きな
お侍さんの相手だよ。
くれぐれも粗相の無いようにね」

“なんでも鬼兵隊の大将さんだそうよ”
女将がそっと耳打ちをする

『あい 承知しました』













『失礼します。春未でございます』

襖を開け中に入る
窓にもたれ片手にお猪口を持ち
その人はいた

包帯で方目を隠し 着流しの袂をはだけさせ
ぶっきらぼうに私に言う

「こっちに来い 酌しろ」

『 あい 。 』

一瞬、心臓が止まると思った

男は皆ヤりたいだけ
薄汚くて 気持ち悪い
お客さんじゃなきゃ
絶対に相手にしない

“私は花魁 体は売っても心は売らない”

と、信念でこの世界で生きて来たのに
でもこのお侍さんに私は一瞬で
心を奪われそうになった

心地の良い声
すっと胸に入る言葉
飢えた瞳
長い指
細いのに筋肉質な体
その全てを知りたい触れたい


「おい、オレは酌をしろと言ったんだか?」

『あ!も、申し訳ございません』

慌ててお猪口に酒をつぐ

ニヤリとお侍さんは笑い私のアゴを持ち上げる
『 あ、ン 』

無理やり唇を奪われ 入って来たのはお酒


「いい声出すじゃねぇか もっと飲むか?」

“口移しで”

耳元で囁かれお酒のせいなのか頬が火照る


『もぅ、イヤですよお侍さん!
からかわないで下さい』

私が手で制するにも関わらず
お侍さんの力は強くて
私はお侍さんの腕の中に
すっぽり収まった

「じっとしてろ 痛くしねぇよ」


甘ったるいセリフ
お侍さんの肩越しにお月さまが見える

私の仕事はお客さんを喜ばすこと
体を売ってお金を貰う
そう、何年もこの業界でやってきたこと

でも、今日ほどこの仕事を恨んだ事はない
仕事としてではなく
女として抱かれたかったな

























それから、お侍さんは何回かお店に来てくれた
でもお侍さんの事は何一つ知らない
鬼兵隊の大将 女将さんはそう言っていたけど
本当かしら?



「春未!あんたよしなさいよ」
『なにがですか?』

仕事前、化粧室で姐さんに言われた
「あの包帯のお侍さん!
あんまり入れ込んだら痛い目みるよ」

『姐さんったら、私もこの業界のいろはくらい
わかってますよ。
お客さんは好きになりません
好きなのはお金w
心配して下さってありがとございます。』


そう、お客さんは金
本当に好きにはならない
なってはならないのよ
この汚れた体で好いてくれる人は見た目だけ

















「今日は浮かねぇ顔だな」
何時ものように窓に寄りかかって座るお侍さん


『そうですか?お侍さんこそなんだか寂しそう』

「・・・・・・明日。」
『え?』

「明日、オレは此処を立つ」

頭が真っ白になった
だんだん声が遠くに聞こえる
ナンデ?ドコニイクノ?

『そ、そんな! お侍さん ン… 』
唇で塞がれた言葉

「……晋助」
『しん、すけ?』
「オレの名だ」

『晋助 さま!

連れてって、私も連れていって下さい!!
私を1人にしないで………』

「オレは全てを壊す」


煙管から紫煙が漂う


「春未、お前も壊してしまうかもしれん
血生臭い戦いに
花魁のお前は付いて来れるか?」

寂しげに瞳が揺れる




























夜空に浮かぶ月
二つの白い息
薄暗い路地
無我夢中で走り足は裂け
追っての怒声は
喧騒に巻き込まれ
先を行くお侍さんの
足手まといにならないように
繋いだ手を離さぬように

駆け抜ける
全てをぶち壊す為に















蝶は籠から飛び出した
天空に舞う艶やかな蝶


『付いて生きます どこまでも
私の心は晋助様と共に』






.


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ