番外編

□君の常識非常識
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ベポに抱えられたまま、すぐに医療室のベッドに寝かせたシノの熱を測ってみれば、38度9分。
風邪にしては高熱といえる。


「……キャプテンってお医者さんだったんだ…」

「何を今更」

「身体切り刻むだけがお仕事じゃなかったんだと思って」


熱でぼうっとしながらも、いつもの素直さでしみじみと無礼をほざくシノ。
薬を用意していたローの眉間に一瞬皺が寄るが、減らず口が健在なのは逆に安心すべきことだ、と思いなおした。
相手は病人、一応患者なのだ。
しかも、何だか本当に感心した様子なので、怒りも萎える。


「キャプテンお医者さんかぁ……すごいんだね……」

「まぁな」


頬を赤くして、蕩けそうな目で見られては、悪い気などしない。
上がってきただろう熱のせいだけでなく、この馬鹿素直な人見知りの瞳はまっすぐに尊敬を訴えてくるのだから、性質が悪い。
わかってやってんのか、と時々疑うくらい、ローは柄にもなく照れそうになる自分を抑えるように、小さなトレーに数粒の錠剤を出した。


「これが抗生剤、こっちが解熱剤だ。少しでも飯を腹に入れてから飲め」

「うん…ありがとう…」


シノを運んだ後、しばらくオロオロとローの診断を待っていたベポは今、シノの食事を取りに食堂に行っていた。
風邪だと聞いて、命に別状はないと安心してすぐ、ローに言われるがままに走って行ってくれたのだ。
正直食欲はないが、食べなければ治るものも治らないのはわかっている。
ベポの慌て具合が、シノは嬉しかった。


「それでも効かねーなら点滴でもするが…」



と、途中で言葉を切ったローが見るのは、医療室の扉の方だ。
扉の隙間を埋めるかのように縦に並んだ顔同士が、深刻な様子で何かを言っている。
気が散る。



「オ、オイ…点滴って…ひどいのか…?」

「おれ輸血しかしたことねーからわかんねーよ」

「風邪って血が無くなるのか…!?」



んなわけあるか。

ローはぶっ飛んだシャチの誤解に頭を抱えた。
アホ過ぎる…。


「(そういやこいつら…風邪とかひいたの診たことねェな)」


もしかしなくても、今日ローは、旗揚げして初めて内科的診断を下したのだと気づく。
元々北の海出身の多いハートの海賊団は寒さに強く、冬島だろうが吹雪の中だろうが、風邪なんぞ引いたことはなかった。


「……キャプテン。シャチたちは風邪が、何か知らないの…?」

「……そうらしい」


元野生児の方が、余程常識的であった。
嘆かわしいことである。


「(…思えばこいつ……無人島育ちにしては、妙に知識を持っているところがあるな…)」


扉のトーテムポールたちをため息ひとつで一瞥して、ローはふとそう思った。
シノはかなりの世間知らずだが、人間としての常識というか、世情以外に関しては、学があるように感じることが多々ある。
例えば、医療室の掃除にしても、簡単な傷の手当てにしても、衛生面にはやけに物分りがいいというか。
軽傷のクルーの手当てをするときも、相手の傷は勿論のこと、それに触れる自分の手の消毒も進んでしていた。
ローに言われるでもなくだ。
これが長年密林の中だけで生活していた者の知恵だろうか。
たまたま、そういった偏った知識にだけ触れる機会があったと言えばそれまでだが、ローはこのアンバランスさを不思議に感じずにはいられなかった。
これがあの大鷲の教育の賜物だとするならば、どういった教育方針だったのか是非とも知りたいと思うくらいには。



「キャプテン…?」

「いや、何でもない」


ローがそんなことを考えていたとは知らず、シノはシャチたちが風邪知らずのお馬鹿さんなのがそんなにショックだったのか…とローを労しく思った。
そんな時、廊下をドタドタと走ってくる音がした。




「シノシノシノ〜〜っ!!ご飯だよーっ!!!」


ベポは、入り口のお馬鹿さんたちを蹴散らし、サイドテーブルにガチャン!とトレーを置いた。


「さっこれ食べて元気出して!!シノの大好きな海獣の肉丼大盛りにして貰ったからっ!!!!」

「……」

「骨付き肉もあるよっ!!」


一瞬で医療室のエタノール臭を香ばしい匂いに変え、もわもわと湯気を立てるソレを見て―――シノはどうしようかと思った。


「ベポ……お前もか……」

「?」


ローの疲れたような声が、妙に響いた。



********

あんまり毎日寒いので、冬島ネタをば。(と言いつつ、上陸してませんがww)
たけのこが子供時代、インフルエンザで39度の時、母にちゃんぽん出されたのが今でも忘れられない。
ハートの海賊団も、麦わらの一味に負けず劣らず、風邪知らずのお馬鹿海賊団だといいと思います。
皆様もお風邪など召されませぬよう。
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