番外編

□ベポの悩みとローの考察
1ページ/1ページ




「ねえキャプテン…」

「どうしたベポ」


ローは、ここ数日どうも表情が晴れない仲間を気にしていた。
シノなどはとうに、ローに「ベポ君身体が悪いのかな?」と相談してきたくらいで、ローは勿論そのようには見受けられず、また本人からも何のアクションも無かったため、今まで放っておいた。
こうして見ても、身体的な問題ではなく何かしら思い悩んでいる様子だ。
このところ島はなく、ずっと航海中で同じ船の中にいて、この白熊の身に一体何があったというのか。


「あのね…」



ベポから思いつめたように言われてからローもまた、そういえばと思った。




『シノ、出会ったときからちっとも大きくならないんだ…まだあんなに小さいのに……もしかして何かの病気なのかな……?』





シノは、少し前から感じる視線に、居心地悪そうにローを見た。


「……なに?」

「いや」


いや、じゃないのだが…ならずっと見るなよ、と言いたいのだが。
シノが甲板掃除の当番をせっせとこなしていると、自分はデッキチェアで本片手に寛いでいたはずのローが、何やら視線を遣すのだ。
気にならないわけない。
シノはなんだかムカついたので、手足だけ実体を保ちながらモップ掛けをする。


「うおわぁっ!!?幽霊っ!!」

「ぎゃーーっ!!!透明人間ーっ!!」


「何くだんねぇことやってんだ」

「……」


思いのほか驚かれ、仕方なく音波化を解除する。
呆れたようなローに、内心ではあんたのせいでしょ!と怒りながら。


そっぽ向いて掃除を続けるシノを、再びローは観察する。
自分のせいで行われた奇行だとは、微塵も考えていない。


「(そういやこの船に乗って1年は過ぎてるが……あいつ、いくつだ?)」


医者の目から見ても、あれはおそらく10代前半の体格である。
身長はおろか、骨格自体が小さく、成長途中としか思えない。
一般的な成人の目線に合わせて作られた丸窓を拭くにしても、シノは懸命に背伸びしている。
あの無人島のどこで覚えたのかは知らないが、ご丁寧に新聞紙使って拭いているのは素直に感心する。
この後また潜るんだがな、とは言えない雰囲気だ。
男ばかりのこの船で、シノの几帳面さは神経質なローにとって貴重な存在でもある。


「(身体つきは極めて成熟していると言っていい……)」


ローの脳内に、在りし日の黒い物体の記憶が蘇る。
なかなかの大きさだった。


「(…元々そういう種族なのか?小せぇ奴も世の中にはいるしな)」


となると、あいつはこれ以上大きくならないのか。
まあ、それはそれで……


「おいシノ」

「なーにー?」


シノのうんざり感は無視だ。


「お前、いくつだ」

「知らない」

「……」


まさかの回答である。
しかし、長いこと野生児していたのだ。
有りえない話ではない。
根は真面目なローが再び思考の海に沈みそうになっていると、シノが眉を寄せ、難しそうな顔をして振り返った。
一区切りしたのか、掃除用具をまとめてからローの方へと寄ってくる。


「…正確にはよくわかんない、かな。気がついたらあそこにいたし…」

「空島にか」

「うん」


シノはあの時のことを思い返す。
女子高生だったのに、気がつけば幼児になっていたあの日。
水面に映して確認したら、顔も身体も、幼稚園の頃の自分と瓜二つだった。


「多分4〜5歳くらい?のときからで…何年いたかな?最初の頃は生きるので精一杯で月日を数えるなんてことなかったし」


今までさんざんロリだの小さいだの言われつつも、シノが大人だと固持しなかったのはここに理由がある。
肉体的な年齢もあやふやながら、精神的にも元女子高生とは説明し難い。
何と言ったらいいものかわからず、ややこしく話すのもまた手間で、自分から話題にはしなかった。


「……そうか」

「うん…あ!でも少なくとも15〜6年はいたと思うから、多分ハタチは越えてるよ」

「は」



はたち。
ハタチ…ハタチ……二十歳………?



「ウソをつくな」

「えっ何ソレ失礼な!」


真顔で言い切ったローは「ひどくない!?」とプンスカ怒るシノを眺め、やっぱねェな…と失礼なことを思った。


「見栄をはるな」

「はってどーするのよ!!」


……それもそうだ。


しかし、だとしたら………
ローは、自らが寝そべるデッキチェアの空いた部分に腰掛け、こちらを見下ろすシノをまじまじと見た。


「?」

「いや……人間ってのは社会が育むもんだと改めて思い知っただけだ」

「…何か失礼なこと言われたのはよくわかった」



あの、海を見て海獣(肉)を探すシノが

ニュース・クーが来ると、目を輝かせて手を振るシノが

人見知りが過ぎて、未だに船の外ではベポの後が定位置のシノが


「(ありえねェ…)」


ある意味とてつもない純粋培養された結晶を見つめ、ローはしみじみと思ったのであった。
とりあえず、ベポの悩みは解決しそうである。




「なぁんだ良かったー。シノってばもう成体だったんだね。小さいけど」

「マジでか!?マジでお前成人してんの!?」


ホッと胸を撫で下ろすベポ。
シャチはサングラスの向こうで、目を剥いた。


「人って人との関わり合いで大人になるんだな…」

「ま!おれはお前のそーゆーとこも、かかっ可愛いと思うぞっ!!」

「……」


照れるシャチはともかく、ペンギンにはローと同じような棘を感じるシノだった。



********

おそらくベポより年上の妹分。
人と関わってこなかった分、だいぶ無邪気な大人。
ベポの年が知りたい。

黒い物体は『内緒のツナギ』参照。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ