番外編
□クルーの見解
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「今でも信じられねーよなぁ。まさかあのシノが20代なんてなー」
「ああ、まぁな」
思い出したかのように言い、ジョッキを呷るシャチに同意するペンギンは、己も冷えたエールに口をつけた。
双方とも思い浮かべるのは、あの幼い少女だと思っていた妹分のことだ。
いや、クルーの中には、妹どころか姉になる奴もいるのかもしれない。
何しろ本人も正確な年齢はあやふやと言うのだから、明確な線引きは難しい。
しかし、あのいかにもいたいけなシノが妙齢の女性だとは、どうしてもクルー一同半信半疑なのである。
「っつーかあんな無邪気なロリ巨乳が大人の女とかありえねーっ!!」
うわああ!と何がそんなに嘆かわしいのかはわからないが、シャチはカウンターに突っ伏してうるさい。
周りで飲んでいる奴らは、同意してたり聞き流していたり色々だが、そのニュースに皆が驚いたのは違いない。
ベポなどは一時病気を疑ったくらい、シノ=大人とは結びつかないのだ。
「聞こえないように気をつけろよ。シノもあっちで飲んでんだから」
「ういーっす」
酒が好きだというくせに、あまり強くないシャチの生返事は、どうにも当てにならない。
それどころか、子供子供していると思われたシノの方が、むしろ酒には強かった。
彼女は最初こそ、初めて飲む酒に苦味を感じていたものの、すぐに甘めの果実酒に旨みを見出したようで、今では酒量の限界もきちんと学んで、ベポやあまり酒癖の悪くない連中と楽しそうに食べて飲んでいた。
あまり騒ぎたがらないローもしばしばその中に入っていて、シャチは頬杖をついて、赤ら顔でその様子を見ていた。
「…最初はさ」
「ん?」
「最初は、シノの教育によくねーからかと思ってたんだけどさ……キャプテン、最近女を近づけもしなかったろ?」
「あぁ…」
それはペンギンも何とはなしに思っていたことだ。
元よりあまり女に興味のないローではあったが、シノやベポの前では殊更にそういったことはならなかったように思う。
人間の性愛に疎すぎるベポの前では興が乗らないのも理解できる。
ペンギンでさえ、あの白熊の目前で女を捕まえたいとは思わない。
しかも我らが船長は、ベポに何だかんだで甘い。
そこにシノも加わったんだな、と漠然と理解していたのは、ペンギンだけではないはずだ。
立ち寄る島々の酒場に行くのだってクルーのためで、ローはむしろ1人で酒を嗜むほうを好む。
それを改まって、なんだ?とシャチを見る。
「このごろのキャプテンさ、ベポとシノがいるから充分って感じじゃね?」
「確かに、無闇に女侍らせてるときよりは機嫌いいけどな」
「時たまシノやベポをダシにして近づいてくる奴もいるけどさ、そーゆーのは睨みひとつで追っ払うし…」
「キャプテンそういうの嫌いだしな」
しみじみと言うペンギン。
昔から、女子供に注目を浴びやすいベポを呼び水に話しかける女は、一般人から商売女まで幅広くいたものだ。
このところ、億越えやら最悪の世代やら言われるようになってからは、そんな猛者も若干鳴りを潜めたが。
「むしろさ、おれは思うわけよ。キャプテン、シノのことめっちゃ好きだよなって」
「は?」
気に入ってるのは認めるが…え、そういう話だっけ?と思うペンギンの疑問の声をよそに、シャチはぐびぐびとジョッキをカラにする。
「だって考えてもみろよ。キャプテン女嫌いじゃん!モテるのに!僻んでるぞおれは!」
「ま、まあな」
ペンギンとて、その気持ちはわからんでもない。
自分のジョッキも底をつきはじめたので、ペンギンは2人分、ウェイトレスに追加注文した。
「なのにシノのことはからかったり構ったりしてさー対応もベポ並みに甘いし!まーそれはいいんだけどさーかわいいしさーあの新しい島に上陸したときの人見知り具合とかマジかわいいしさー」
同じ言葉を繰り返し始めた。
間違いない、酔っ払いだ。
でも、言いたいことはこれまたわかるペンギン。
だからこそシャチも心置きなく話を続けるのだろうが
「そうだよなー。あの、頼りはおれたち以外いないんだーって感じで背中に隠れられると…こう、くるよなー」
ペンギンも、結局はシャチとは気の合う者同士であった。
クルーたちにも慣れてからというもの、上陸する島々でのシノの様子を思い出して、頬を緩めている。
「そう!そうなんだよ!!あーもうベポムカつく!!」
「そーだそーだ!!ベポはずりーんだ!!」
かちゃん、と意気投合の鐘のジョッキを合わせる2人であった。
「だいたいキャプテンの好きなものってさー…医学と動物?」
「ふかふかしたもの、案外好きだよな。あとは静けさ…とか?」
「逆に嫌いなのってうるさかったり…ってかこっち多すぎてわかんねー!」
「違いねー!!」
何だかんだ言いつつ、ペンギンも酔っ払いの一員だった。
同士のノリが良くなってきたところで、シャチの口もよく滑る。
「だから思うわけよ。キャプテンって打算的っつーか女っぽい女嫌いじゃん。じゃあキャプテンの好きなタイプって何だろって」
「ふんふん」
「神経質なキャプテンに通じるくらいの几帳面さがあって、媚売ったりしなくて…あと弱くてもダメか?」
「うーん…どっちが好みかって言ったら強い方か?おれら海賊だし」
「でもってガキもダメだろ?」
「シノは見た目はアレだけど、中身は…あれ?中身も大人か?」
「そこがミソじゃね?だってキャプテン動物好きだし…っつーかキレイ系より可愛い系だろ!?大人すぎてもつまんねーって」
「なるほど…シノはたしかに可愛い系だな。仕草とかマジ動物だし」
「人見知り全開でベポの影に隠れてるときなんか、借りてきた猫みたいだもんな」
「ベポの服ぎゅっと握ってさ、あたりを警戒しながら、それでいてベポのことは縋るように見上げてたりしてな」
あれはマジでかわいい、とペンギンもシャチも、再びベポへの嫉妬心が湧きあがる。
あれが自分であったなら、と思うのも少なくはないのだ。
「シノってさ、案外何でも丁寧だし、几帳面なとこあんだろ?」
「…それでいて動物的で、しな垂れかかったりはしないけど、頼れるのはあなただけ、みたいに寄ってきて、容易く他人に懐かない」
「年頃の女にしては無邪気すぎて、男女の駆け引きどころか浮気の心配もねぇ」
「そもそも他人と話さねーし」
「キャプテン結構潔癖だもんな」
「……」
「……」
そこまで話し、彼らは互いに顔を見合わせた。
「「好きなタイプっつーか……どストライクなんじゃね??」」
というより、むしろ嫁の条件みたいな気がしてきた2人であった。
「どうしよう…おれたち…」
「ああ。とんでもないことに気がついてしまったようだ…」
神妙な顔になった2人は、店の奥の一番大きなソファー席で飲む、噂の当人達に視線を移す。
今日もローは、今晩の客を探しているような女は一切近寄らせず、シノやベポといった、落ち着いて飲める奴らに囲まれていた。
というか、ベポはなんかは既にうとうとと目を擦っていて、シノは寝ていいよ、とでも言っているのか。
ポンポン、と大きな背を優しく叩いている。
いつもの兄、妹然とした様子とは逆転してはいるものの、微笑ましいことに変わりはない。
そして我らが船長も、それを見る目はとても穏やかだ。
「楽しそうだな。キャプテン」
「ああ。楽しそうだ」
先にも述べた通り、酒場での宴会はあくまでクルーのため。
ロー自身が楽しむためのものではなかった。
それが、いつの間にか変わりつつある、のかもしれない。
今までも楽しみがなかったとは言わないが、彼が楽しいと思える時間が、機会が、あの小さな人見知りのおかげで増えているというのなら、それは、とても喜ばしいこと。
「今はこれで充分だ。そうだろ?ペンギン」
「その通りだ。シャチ」
カラのジョッキを鳴らした2人は、同時に追加を求める声を上げたのだった。
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クルーというより、シャチとペンギンから見たキャプテンと管制官。
愛されてるのです。
管制官は、自分ではあまり几帳面とか思ってない。
日本人にはありがちな、時には愚直なまでの丁寧さとかが、普通に染み付いてるだけ。
キャプテンの好みのタイプってどんな女の子かな?と考えた結果。
うちのトラ男氏はこんな感じかな。