番外編
□未来の助手?
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今日も今日とて、甲板に現れるニュース・クーと戯れるシノ。
鳥語は理解出来ずとも、長年の経験から何となく意思の疎通は図れているようだ。
新聞は、毎日最後の不寝番がニュース・クーから受け取ることになっているのだが
「もういっそシノが新聞係やっちゃえばよくないか?」
というのは、ここ最近のクルーたちが誰しも思ったことであり、朝からガッツリ朝食を頬張るシノ以外は皆「そりゃいい!」とペンギンの名案に大賛成であった。
新聞は毎朝、最初に必ず船長であるローに届けられる。
時にはまだ寝てたりして、寝起きに遭遇したりするとバラされる恐れがあり、わりとスリリングなお仕事である。
ここで少々話は逸れるが、この船で不寝番を免除されている面々が少なからずいることに触れておこう。
まずは船長のロー。
これは単純に権力の問題である。
そして航海士のベポ。
彼の場合、航海する日中の間、あらゆる天候に対処しなければならないためだ。
不寝番なんてして、日中の注意が疎かになっては命に関わる。
それに管制官のシノ。
彼女の場合、ベポと似たような理由だ。
基本的に、余程のことがない限り夜の間は碇を下ろして停泊しているため、海域を移動している日中にこそ、海中の脅威(主に海王類)を避ける必要があるからだ。
それ故に、以上3名の中でも特に夜更かしをしないベポとシノは、他のクルーに比べ、早寝早起きの極めて規則正しい生活を送っている。
いつも「おはよーご苦労様ー」とニュース・クーと触れ合っているだけのシノは勿論、ローに新聞を持っていく、という寝起きの機嫌に左右されるロシアンルーレットな役割を知らない。
ただ、何か面倒そうな雰囲気は感じた。
シノは口に入っていたおにぎりを呑み込むと、お茶をひと啜りして言った。
「私も毎朝必ず間に合うように起きるとは限らないし…今まで通りでよくない?」
ニュース・クーは毎朝来るが、何も定刻というわけではないのだ。
それとも、他にシノにさせたい、もしくは自分達がやりたくない理由でもあるのか。
シノの探るような目を向けられたクルーたちは「いやぁ…」「別にそんなことは……なあ?」「あ、ああ…」と、目を泳がせた。
怪しい…。
「それに…何だかご家庭の子供の役割を割り振られたみたいで…なんかね……」
少し前に明らかになった、およその実年齢と外見が釣り合っていないのは、本人とてよくわかっている。
ロリだの何だの言われ続けてきた身としては、それに順ずる扱いは微妙に傷つくこともあるのだ。
ちょっと遠い目になったシノの皿に、ベポがさっとデザートのリンゴを一切れ落とした。
「シノ。おれのリンゴ一切れあげる!」
「ベポ君」
一瞬にして、黒い瞳がキラキラと輝いた。
ベポの優しさに感動したのであって、食い物に釣られたのではない。
でも、貰ったリンゴは不思議とよりおいしく感じる。
ニコニコとシャクシャク食べるシノを、ベポもまた同じような顔をして見ている。
「えへへっ!おいしー?」
「うん!ありがとベポ君!」
意図的でないにしろ、だからこそか。
ベポ、さすがのお手並みである。
せっかくペンギンの作ってくれたチャンスを逃してしまうことになるが、この和む空気を前にしては、それ以上何も言えないクルー達だった。
ところが翌朝、チャンスは思わぬところから降ってきた。
珍しく早朝の甲板に現れたローが、飛び立つ鳥と見送るシノを見て言ったのである。
「そんなにあれが好きならシノ、明日からお前が新聞とってこい」
「えー」
「(よっしゃキタアアアッ!!!!)」
思わずガッツポーズするシャチ。
抜かりなく、ローたちからは背を向けて拳をグッと握った。
「(さすがキャプテン!!)」
好機を与えてくれた船長に感激しているシャチは、そもそもの原因がローの寝起きにあることは忘れ去っているようだ。
シャチはすかさずローを援護した。
「新聞代払って船長に持ってくだけだろ?いいじゃねーか」
「持ってくのめんどひ」
何度頬を伸ばされようと、歯に衣着せぬのがシノだった。
「(毎度よくやるけどスゲーな…あのキャプテン相手によ……)」
ローに対し、この船でここまで率直に物が言えるのはシノくらいなものだ。
あとは時にベポが無邪気な天然を爆発させるくらいだが、どちらにしろ、ローはこの2人には無意識的にかなり寛容だ。
悪気が欠片も無いというのもあるだろうが、今はそれは置いておく。
シャチは、やはりシノに何としても新聞係を押し付けねば、と思った。
シノなら頬を伸ばされて済むことでも、シャチたちにはバラバラ肉体遺棄事件。
今度こそチャンスを逃してなるものか。
「まーまー!そしたらお前、掃除当番これから免除にしてやるぞ!!おれたちの仕事が減るわけだし…いいっスよね、キャプテン!」
「お前らがいいなら好きにしろ」
元より、雑用の配分はほとんどクルー達の協議に任せている。
古株のシャチやペンギンはこういった取り決めを最初に作った側、つまりは他のクルーたちへの影響も大きい。
彼らが正当な理由を掲げていれば、大抵の融通はまかり通るはずだ。
そしてシャチは、絶対満場一致で賛成される自信があった。
「あいつらもいいって言うと思うぜ?なっ!」
「…こにゃいだからひゃへにひゅひゅうぇうへお(…こないだからやけに勧めるけど)」
「わあああっ!!なっ何言ってんのかわかんねー!!」
「!!ひゅえっ」
ローが持っている方とは反対側の頬が、シャチによって伸ばされた。
ローには意味不明な言葉だったのに、人間やましいことがあるとすごい反応を見せるものだ。
「(ああああ危ねー…っ!!キャプテンにバレるとこだったぜ…!!)」
そうしたら、最悪ブッた斬られ話は白紙に戻される。
本末転倒のバラバラだ。
「ふーっ」
一仕事終えたぜと言わんばかりのシャチを、ローが不審そうに見ている。
シノは突然カ○ゴンみたいにされた驚きで一瞬動きを止めていたが、ふるふると震えていたかと思えば、ローとシャチの指から柔らかい感触が消えた。
「……〜〜っよってたかって何よバカーーっ!!!」
「ぐふっ!!」
ひょいっと避けたローと違い、シャチの後頭部にクリーンヒットした回し蹴り。
報復を一撃決めたシノはパッと消える。
船内でベポを呼ぶ声が薄っすらと聞こえた。
「シャチ」
「っはい……」
甲板に転がったシャチを見下ろすローの目は、誰がどう見ても不機嫌で―――シャチの背を冷や汗が流れる。
「――――あまりアレに触るな」
「…………はい……」
アレというのがシノの頬だけを指すのか…それとも……
なんて疑問を口に出来るはずもなく、シャチはただ、YESと答えるのであった。
たとえ、去ってゆく背中に自覚があろうとなかろうと。