番外編

□HAPPY BIRTHDAY 20151006
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「いい匂いがする…」


すんすん、と小刻みに頭を揺らしたシノは、傍らの白熊のツナギを引いた。


「今日はコックさんたち張り切ってるね」

「そりゃそうだよ!だって今日はキャプテンの誕生日だもん」

「!」


シノの目が、カッと開いた。
白熊は「あれ?」と首を傾げ、そういえばシノが仲間になってからは、キャプテンの誕生日初めてかも、と納得した。


「盛大にお祝いするわけじゃないんだ。キャプテンそういうの嫌いだし。でも、やっぱりキャプテンだから、みんなでお祝いしたいねって…いつもちょっとだけ豪華なディナーなんだよ」


とはいえ、クルー全員の誕生日をそうやって祝っているわけではない。
他のクルーの場合、当人の好物が多めに出たりとか、その程度だ。


「あとはみんな、ちょっとした物を贈ったりしてるかなァ……連名でちょっといいお酒とか、小物とか…おれはこないだの島でいい羽ペン見つけたから、おれのと色違いでおそろいの買ったんだ!けど…」


当然、今初めて知ったシノには何の用意もないわけで。


「キャプテンも察してくれるだろうし、おれたちの気持ちみたいのだから気にしないだろうけど…おれのを一緒にあげることにする?」


シノが乗船してからというもの、兄貴分として面倒見のよさが磨かれているベポは、そう申し出た。
ところがシノは、ぽそりと何かを呟いている。


「……かい…」

「え?」

「お誕生会……キャプテンの、お誕生日会…?」

「そうだよ?」


どうしたの?と小首をかしげる白熊を見上げたシノは、途方に暮れたような顔をして言った。



「お誕生会…どうしたらいいのかよくわかんない……」



伊達にぼっち歴ウン十年の野生児だったわけではなかった。
遥かに大昔……それはもう、体感で30年以上前になるだろうか。
本当の意味で幼児だったあの頃…幼稚園での行事や、お友達だったかどうかさえ今ではよくわからない女の子の家にお邪魔したようなしないような……

昔から人見知りではあったが、幼児が20人以上集まれば、シノ以外にもそういう子はちらほらいたものだ。
あの頃はまだ、言葉らしい言葉を交わさずとも、何となく誰かと遊んでいたような記憶は有る。
だがしかし、物心ついてからも立派な人見知りとして生きてきたシノに、そのようなイベントのお誘いは自然と絶たれていった。

第二の故郷、空島では言わずもがなである。

前世的なあれこれはともかくとして、ベポは、動物達と育ってきたシノにはよくわかんないかァ…と黒髪をぽふぽふして慰めた。
動物なのに。



「……歌ってろうそくフーしてケーキ食べたらいいの?」

「う〜ん…フーはしないかなァ?」


ベポもそこまで詳しくはないが、少なくとも、ローがろうそくを吹き消しているのは見たことがなかった。
通りがかったペンギンが、フーフー言い合う凹凸を温かい目で見ながら通り過ぎる。
彼は既に、数人で金を出し合ってちょっとお高いウィスキーを購入済みなので余裕だった。

そしてほんの少しだけ、楽しみでもあった。


「(あのシノが…キャプテンにどんなものを用意するんだろうな?)」


誕生会について悩む程だ。
ぼっちの野生児が何をしてくるか…ベポが気を利かせるだろうか。
ちょっぴり豪華な食事にもわくわくしながらやって来たその夜―――ペンギンは、他のクルー達とともに笑い転げていた。
頬の筋肉が痛い。



「ぶわっはっはっは!!!おまっお前何だよそれ!!」

「ひー腹いてェ…!」

「はっ母の日だ母の日!!」



指差されて笑われていた渦中のシノが、頬を赤くしてぶすくれている。
ベポに背中を押され、シノがローに渡した封筒の中にあったものはというと、


『リラクゼーションサロン しろくま ギフト券』


と書かれている5枚ほどのチケットであった。
それぞれ『足ツボ30分』やら『ボディケア』『フットケア』など種類分けされている、どう見ても手作りなソレを見たローは尋ねた。


「―――これは…お前がするのか?」


照れくさいのか、こくりと頷いただけのシノの後で、ベポが「そうだよ!あっ場所はおれ達の部屋だよ!」と自信満々に付け加えたのを皮切りに、クルー達は一斉に笑いの渦に包まれたのだった。
なかなか終わらない笑い声に、シノはやっぱりやめとけばよかった…と後悔した。


「………そんなに笑わなくてもいいのに……」

「そうだよ!!何で笑うんだよ!?シノはとってもマッサージ上手なんだぞ!!」

「ひっひひひ…っそ、そうなの?」


何故笑われているのかもわからず、ぷんすか怒るベポに、涙を拭って何とか笑いをおさめようとするクルー達。
シノが上手だとかそんなのは初耳だが、問題はそこじゃないのだ。


「プッくくくっダメだやっぱ…!!あっはははははっ!!!!シノサイコー!!」

「キャプテンに肩たたき券的なプレゼントする奴なんて世界中探してもお前くらいだよっ!!」

「だから何で笑うんだよ!?」


ベポが歯を見せて唸る。
何を隠そう、シノにコレを勧めたのは他ならぬベポなのである。
限られた時間の中で何か無いか。
もしなければ、ベポのを一緒に渡そう、と2人で一生懸命考えたのだ。
シノは後輩で妹分なのだから、教えなかった自分も悪かったのだと。
あーでもないこーでもないと一緒に悩みながら、ベポは安易に自分に頼ろうとしないシノは偉いな、と誇らしい気持ちだった。
出会いが出会いだったせいで、ローを毛嫌いしていた当初を思えば、こんな風にプレゼントを悩んでいる姿がとても嬉しかった。
そんな時、シノが言ったのだ。


『肩たたき券とかだったらすぐ出来るのにね…』


と。
ベポはそれだ!と思った。
以前…あまり思い出したくない事もあるが、エイプリルフールの時にローは、シノのマッサージをことのほか気に入っていたのである。


『きっと貴族とかが行くっていう……り、り、りら…さろん?もシノのみたいに気持ちがいいんだろうねー』

『リラクゼーションサロン…?(こっちにもそんなのあるんだなァ…)』

『そうそれ!』


ちなみにこういったマッサージと呼ばれるものは、医療目的の他、富裕層を対象とした美容や癒し目的以外にも受ける事が出来る場所がある。
それは所謂、夜のお姉さん達のいるお店である。
客の緊張を解したり、励む前に行う前フリ、スキンシップなど様々な言いようはあるが、そんなサービスも世の中にはあるのだ。
ベポ自身は利用した経験はないが、聞きかじった話が知識としてあった。
『んー…肩たたき券はあんまりだし…もみ券?も変わらないし…どうしよう?』と悩んでいたシノは、無論そのような人間のオス達の事情は知らない。
知らせたくもないし、そういうのと妹分を結びつけるのさえ、なんだかモヤモヤした。
だからベポは咄嗟に、貴族が行くというサロンを持ち出し、その結果が『リラクゼーションサロン しろくま』なのである。
もし測量室がサロンになるのなら『じゃあオーナーはベポ君だね』とはにかんだシノの顔を思い出し、笑い転げる者どもを前に、ベポは鼻息を荒くしてキッと睨んだ。


再び怒鳴ろうとしたベポを「もういいよベポ君…」と止めるシノがいじらしく、余計に奮起しているベポを制したのは、これまで何のリアクションもしていなかったローの手のひらであった。
ぴたりと動きを止めたベポ。
クルー達の笑いも次第に収まりつつある中、ローはニヤリと笑った。


「なかなか気の利いたプレゼントだ……シノ」

「!」


笑われたせいか、ただでさえ小さな身体を小さくしているシノの腕を引いたローは、至近距離に迫ったシノの耳元で囁いた。


「―――トクベツなんだろ?」


あれから何度かやれと言ったのに、頑なに拒否していたシノが自ら餌をぶら下げてきたのだ。
食いつかぬはずはない。
詰められた距離以上に、耳にかかる吐息にビクついたのだと知り気を良くしたローは、指の力を抜いて細い腕を放した。
さっと距離を開けようと引いていくのを見越し、合わせて僅かに顔を向けてやれば、唇は思ったとおりの場所を掠めた。


「!?」


頬の血色が良くなったのは、見間違いではないだろう。
パッと消えてしまったせいで、ロー以外にそこまで視認出来たかどうかは定かではないが…それでいい。


「ククッ」


シノが消えてしまった食堂で、いやに上機嫌なローが盃を傾けた。
すっかり笑いも収まったクルー達は、何とも言えない表情を浮かべる。


まあ…キャプテンが幸せそうだし……

うんうん…

だよな……


不憫な少女を思い、クルー達は心の中で笑った事を謝った。
後でベポと一緒に、食事を差し入れしてやろう、と思いながら―――



********

HAPPY BIRTHDAY キャプテン!!

昨日ね、思い出したの…明日、キャプテンの誕生日だって!
遅いですよねすみません。
よそのサイト様はきっと前もってちゃんと企画とか準備してるんだろうな…と思うと肩身の狭い思いです…(ガクブル)
でも別館設立初の誕生日なので、何もせずにはいられるか!と急遽SS書いてみました。
(エイプリルフールにつきましては『ハートフールの悲劇』参照)

奪っちゃった♪なキャプテン。
何気に当サイト初ちゅーである。

お粗末様でした!


ちょっとオマケ↓


☆リラクゼーションサロン しろくま☆

 営業時間:ヒマなとき
 完全予約制:急に言われても困る

 ※なお、当チケットは1回につき1枚しか使用出来ません。
 ※使用期限 10/06〜10/31


「おい」

「あ!キャプテンいらっしゃい!」

「ちょっと待ってて…!」

「?」


そう言うと、何故かベポの手を筆でこちょこちょするシノ。


ぽん!


「……」


差し出したチケットにベポが肉球をぐにぐにすると、シノはそれを「はい」とローに返した。
反射的に受け取ってしまったローは「…何だ」とかろうじて口にした。


「使ったチケットにはベポ君(オーナー)がスタンプ押すの」

「こうしたら使ったってわかるもんね!」

「……」


まるで意味はわからんが、こいつらどうしてくれよう…!と何故だか何かが沸き立つローだった。
普通はチケット出したら返さねェだろとか、端を切るんじゃねェのかとか色々思ったが、喉元で全部消して、黙ってチケットを受け取るローの手を引いて、ベポがベッドに誘導する。
とりあえずポケットにそれを仕舞いながら、これをどうしろと…と考えているうちに、心地よさでどうでもよくなったロー。
何気に捨てられず、医学書の間に挟めていたものは、そう遠くない未来にシノの目に触れる事になるのであった。


********


「何でちゃっかり使用期限まで作ってんだ」

「だって面倒な事は早く済ませひゃいひゃい〜〜!!」

口の減らない管制官とキャプテンでした。

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