番外編

□HAPPY BIRTHDAY 20161120
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船長室のドアを叩く音にローが許可を出すと、ドアは開かず、シノの姿だけが部屋にフッと現れた。
シノはソファ近くのテーブルに持っていたカゴを置くと、ソファに正座して言った。


「しばらくここに間借りさせて下さい」


普段が普段なので、礼儀正しくお辞儀されると断る気力も失せてしまうのは、ローの贔屓目だけではなかったはずだ。



――それが11月初旬の出来事だったので、もう10日は経つ。

シノはあの言葉通り、今日まで毎日、暇を見つけては船長室に来ていた。
彼女の手が動くたび、面積を増していったものは既にひとつ仕上がっており、カゴには青いマフラーが畳んで置いてある。
今編んでいるのは同色の帽子で、淵の方には、マフラーと同じように白いアザラシ柄とハートの海賊団のシンボルが編まれていた。
存外器用なシノではあるが、難なく棒針を操作して作品を作り上げていく様は、医学書片手に時折成果を見ていたローも素直に感心した。
これらは、来たる11月20日、ベポに誕生日プレゼントとして渡すつもりらしい。
ローの誕生日は当日に知って慌てただけに、兄貴分は万全の体勢で望んでいるようだ。
ベポのために頑張る姿勢もいいが、ロー的には、同じアザラシ柄だけではなく、シンボルまで再現しているのもポイント高かったらしく、静かな室内で、思わずといったローが口を開いた。


「上手いもんだな…」


畳んであったマフラーを持ち上げ、青の中で爽やかに主張する白いシンボルを見ると、視線を上げたシノが小さく笑みを浮かべた。


「オレンジのツナギには青が映えそうだけど、白もベポ君の色だから入れたくて……それにキャプテンとおそろい」


きっと、キャプテン大好きなベポは喜んでくれるはずだ。
照れや不安が入り混じった顔で「いい?」と見上げるシノに、ローが否を言おう筈もなかった。


ツナギのシンボルはともかくとして、このアザラシ柄は仲間達にもローのアイデンティティというか、テーマ…こだわりのようなものを感じ取っていて、特に柄まで真似する動きは無い。
以前試しに、水着をおそろい柄で作っていた事もあったので、今更ローが駄目だと言うとは思っていなかったけれど、ローの頷きにシノの笑みが深くなる。


それからまた、4本の棒針で器用に輪っかに編んでいく帽子が中盤あたりにさしかかるまで、船長室には小さなカチ、カチ、という針の当たるささやかな音だけが響いていた。
フウ…と一旦針を置いたシノは、首や肩を回して席を立った。


「キャプテンコーヒーいる?」

「ああ」


シノがいてローにも利があるとするならば、こうして時々コーヒーが出てきて、1人だけではない、悪くない時間を過ごせるという点なのだろうが、反面、ローにも気づいている事があった。


「…気をつけろよ。ベポも言わねェがそわそわしてる」

「うん…」


ローが言わずとも、同室のシノの方が感じ取るものは多く、充分わかっていたのだろう。
部屋にいる時間が少なく、船長室に入り浸っているシノの事を、最初は喜んでいたベポがこの頃、少し寂しそうな雰囲気を醸し出している事を。
大好きなキャプテンとシノが仲良くしているのだからと、呑み込んで口には出さない気持ちがある事くらい、ローにはお見通しだ。
シノにはそれが、もっとわかる。
例えばローはまだ知らないだろうけど、邪推した仲間達が結託して「そろそろ妹離れしないとな〜!」とか、「嫁ぐってのはこういう事だ」と諭し、気を使い始めているのだ。
ベポを慰めてくれるのはありがたいが、よくわからん教えはやめて欲しい。
でも、プレゼントが完成するまでは下手に何も言えないシノは、はァ…と珍しくため息を零した。


「誕生日って大変なんだね…」


世の中皆じゃねェけどな。
世間知らずの学習した答えを踏みにじってやる程狭量でもないローは、言わずに花としておく事にした。



「あっそうだキャプテン…ちょっと相談なんだけど…」


シノは、製作途中の帽子に視線をやってから切り出した。


「帽子ね、耳を通す穴があった方がいいと思う?ベポ君にとっては聴覚も立派な武器だし、塞いで阻害するのもどうかと思うんだよね。でも防寒具でつけるわけだから、白熊のベポ君がこれを必要なくらい寒い所で使う事を考えると、耳も帽子に入れて暖かくした方がいいかな?」

「本人に聞けと言いてェとこだがな」


それだと本末転倒になり、何のためにこそこそ船長室に来ていたかという話だ。
誕生日初心者のシノでさえ、サプライズをしようと頑張っている最中なのに。

おそらく他の仲間達がこの会話を聞いていたならば、シノとベポには何かと寛容なローに、ほっこりズルイ!と複雑な気持ちを抱いたであろう。


「うん……それに…お耳見えても、見えなくても……ベポ君きっと可愛いと思うんだ」

「……」

「どっちも捨てがたい…」


シノは、無くなりそうなコーヒーに向かって眉を下げて言うと、無言だったローがさも投げやりと言わんばかりの口調で吐き捨てた。


「……別にどっちでもいいだろ」


仲間達がこの会話を(以下略)
ほっこりズルイどころか、菩薩の笑みを浮かべたに違いない。
どっちもいいと思ったんだな。
ローは、盗聴のエキスパートがシノだけであった事を神に感謝すべきである。


ところがこの時、船長室の会話をたまたま聞いていたベポが1人、衝撃を受けていた事をシノもローも気がついていなかった。
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