HIT企画

□まどろみによせて
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毛布の塊が枕抱えてやって来たら?―――答えは決まってる。


「……自分の部屋へ帰れ」

「!?」


迷いなく追い返すことを選んだローに、毛布の隙間からちょっとだけ見える顔が愕然とした。
ノックに許可は出したが、何も一緒に寝るつもりなどない。
わざわざ寝そべっていたソファを降りてまで、ドアを閉めようとするローに、毛布の塊は一丁前に抵抗の兆しを見せている。


「お前も一応、年と性別に見合った分別はあると思っていたんだが…」

「だってこんなに寒いのにベポ君がいないんだよ!寒くて寝れないよ…背に腹は変えられぬのです……!」

「おれで妥協とはいい度胸だ…!このくらいで根をあげる方が問題だ。これを機にお前も少しは寒さに強くなれ」

「むぎゃ…っ!!」


毛布と枕で両手が塞がっていたシノは、あっという間に寒い廊下に放り出された。
冬島の気候は、未だシノにとって慣れる事が出来ない程厳しい。
昼間、島内に散策に出ていたベポは運悪く猛吹雪に見舞われ、未だ船に戻ることが出来ないでいた。
シノは滅多にない一人寝を、こんな寒い時に限ってせねばならない。
ベポは今頃、島内にある宿で数人の仲間達と寝息をたてている頃だろうか。
シノは寒すぎて、全く寝れたもんじゃないが。


「うぅっひどいよ…寒いよ…ベポ君……ベポ君……っ!」


ベッドに入っても、手足が冷えて眠気なんて来やしない。
だからせめて、体温を提供してくれる誰かを求めて廊下に出た。
ローはさっき、年齢性別を考えろといった主旨の文句を言っていたが、シノだって考えたからこそ、真っ先にここに来たというのに。


「考えたからキャプテンのとこに来たのに……キャプテンなら変な風に気にしないで一緒に寝てくれると思ったのに……お医者さんなのに……」


ぐずぐずと泣きそうな声で呟きながら、のっそのっそと動く毛布の気配。
ローは扉の向こうから聞こえる情けない泣き言を嫌でも耳にしながら、医者関係ねーだろ、と思った。
そして遠ざかっていく気配を確認してから、はた、と気づく。


(……まさかとは思うがあいつ……他の野郎共のとこに行ったりしてねェだろうな……)


言い残した泣き言から察するに、シノはまず最初にローのところへ来た。
ローは自室に戻れという意味で追い返したが、果たしてあの寒さに弱いアホが、このまま素直に引き下がっただろうか。


(………いや、何もそこまで気にしてやる程のことでもねェ)


少し前に発覚したばかりのシノの年齢を鑑みれば、ローがいちいち気にする必要はないはずだ。
兄貴分を自称するベポでもあるまいに。

ソファに腰を降ろし、少しばかり思考の海に沈んでいたロー。
彼が静かに見聞色の覇気を使ったのは、けしてシノを気にしてだとか、そんなんじゃない。
あくまで、何かが起こったとき、逆に返り討ちにあってしまうだろう仲間を思ってのことだ。
シノが自室に戻っていくのを確認したローは、そう己に言い聞かせた。




悲壮感たっぷりの毛布の塊は枕をベッドに向かって投げると、更にそこにあった羽毛布団を羽織ってからもそもそと丸まった。
物理的にも精神的にも、彼女は非常に凍えていた。


(結局1人かぁ……)


足先をすり合わせながら、シノはしょんぼりと一層背を丸める。
シャチやペンギンたちの部屋の前も通ったが、何かこれ以上行く気になれなくて、ベポのいない測量室に戻ってきてしまった。


(仕方ない…今日はこのままゴロゴロするだけで起きとくしかないな……)


監視やなんやらで夜更かしが苦ではないシノは、安眠を諦めることにした。
明日天気が良くなったら、ベポも帰ってくる。
そうすれば、大好きな兄貴分はシノを抱きしめて一緒に寝てくれる。
気持ちよい温かさで包んで、優しくもふもふしてくれるに違いない。
だからもうちょっとの我慢だ。

もうずっと昔、悪魔の実の能力も上手く使えず、毎日空腹と戦いながら、満足な防寒具も、屋根もない暮らしをしていた頃に比べたら、たった一晩の寒さがなんだ。
ベポは帰ってくるし、毛布だってある。


(そう…なんだかんだで………)



ふと、閉じていただけの目が、ぱちりと開く。
音波人間になったせいか、それとも長い間のサバイバルのせいかは定かではないが、シノは常人よりかなり耳がいい。
カツン、カツンと響く足音が、誰のもので、今どこにいるのかも何となく察知出来た。


(……キャプテン……?)


ローの靴音が、測量室の前を通り過ぎる。
船内ではあまり出歩かないローが、こんな夜更けに歩き回るのが珍しくて、シノはついその足音を耳で追った。
どうせ暇だし。


(……戻ってきた)


覇気や能力を使ってまで聞き耳たててはいないから定かではないが、食堂に行って戻ってきたようだ。
行きがけより少し足音が重く、水音のようなものもするので、飲み物でも取りに行ったのだろうかと思う。
それにしたって水音が大きいような気もするが…


ガチャ…ッ!!


「ひみゃっ!!?」


ノックもなしに突然ドアが開き、丸まっていた毛布が、ビク!!と妙な悲鳴を上げた。
無理もない。
また通り過ぎるかとばかり思っていた人間が、シノをジッと睨んでいる。


「キャプテン…さ、さっきのことはちょっとだけ、多分…反省してます…よ?起こしてすみません……」

「疑問系やめろ。それに元々寝ちゃいねーよ」

「……じゃあなんでそんな睨むの」


ローが顔を標準より怖くしていても、シノはいつもならあまり気にしない。
わりとよくあることだからだ。
しかし、先程自分が訪ねたせいで就寝を邪魔され不機嫌なお礼参りときたら、ちょっとは悪いと思うわけで…どうやらそれも違ったみたいだ。
シノはベッドで毛布の団子になったまま、部屋に入ってくるローに首を傾げる。


「ホラ」

「!!」


何かが投げられ、反射的に受け止めたシノ。
思ったより重量があってよろけたが、それよりも



「っあったかい……湯たんぽだ……!!」



手のひらに伝わる熱に蕩けそうな顔をして、この世界にも湯たんぽがあったんだ!と感動に打ち震えている。



「知ってるならいい……じゃあ、これで大人しく寝てろよ」

「…あ」


やや意外そうな顔を見せたかと思えば、さっさと出て行こうとするロー。
シノは去ってしまう背中が、礼すらまともに聞かずに出て行くだろうことを予測する。
一瞬、かけかけた言葉を途切れさせた。


このために、わざわざ部屋を出て来てくれたのだ。
あの出不精で、クルーの皆に雑事をまかせきりの、王様みたいな船長は。


そう思うと何だか堪らないような気持ちになって、シノは自然と音速移動していた。
パッと現れたのは、勿論追っていた背中に向かってだ。


「ありがとうキャプテン…!!」

「…っこら!お前乗るな!」


ローは、いきなり背中にへばりついてきたモノにバランスを崩すことなく、ふらつきそうになる足を止めた。
夜中であることを双方とも自覚しているため小声とはいえ、あまり騒いでは他の連中も起きてくるだろう。
まったく人騒がせな奴め、とローは内心毒づく。
自分の日頃の行いは棚上げしているようだ。


「ちっ」


ついさっき分別を考えたからとか言ってたくせに、ちっともなってないシノに舌打ちする。
就寝時の無防備な状態で男に抱きつくとは、やはり全然わかっていない。
男は皆ベポではない。
ローとてそうなのだと、いいかげんシノにもわからせるべきか。
そんなことを考えている自分が、背中に感じる柔らかさを必要以上に意識してしまっているように感じられ、癪に障るローだった。


「…おい、もういいだろ…わかったから降り」

「すぴー………」

「ろ………(こいつ……寝やがった………っ!!)」


寝ている人間が起きている人間より重く感じるというのは本当で、これまで生きてきた中で、意識の無い人間を運んだ経験もいくらかあるローは、背中の重みが本気で寝ているのだとわかった。
わかりたくもなかった。


「(ふざけんなよこいつ…あれだけ寒くて眠れないとかぬかしてたクセに、今!なんで寝るんだ!?)」


それも、毛布どころか、人がせっかく持ってきてやって湯たんぽまで放り出している。
寒かったんじゃねーのかてめェ…マジふざけんな、とローの手に円(サークル)が現れる。
人肌の温さで安心したのか何かは知らないが、ローはシノの親兄弟になった覚えはないし、世話焼きでもない。
本当は頭のひとつも叩いてやりたいところだが、それで再び寝れない寒いとなっては元の木阿弥。
適当なものと入れ替えてベッドに戻そうとするローの耳元で、シノは安らかな寝息をたてながら、むにゃむにゃと唇を震わせる。



「…む……ぬしさま……」

「……」


ローよりだいぶ小さな子供のような手が、手繰り寄せるようにパーカーを握った。


「……おれは……お前の親じゃねェぞ………シノ」






「……ムぅ……んー…」


まどろみの中で意識がぼんやりと芽生えてきたシノは、朝の冷えた空気から身を隠すように、近くにある温もりに擦り寄った。
温かくて柔らかくて気持ちがいい、ベポのもふもふに……もふもふ……

シノは、何だか違う気がしてむずがる子供のように、寝顔を難しくした。
もふもふしていないのだ。
しかも、何だかいつもより温くない。
優しい温さとでも言ったらいいのか、いつもとは違った心地よいぬくもり……なのだが、何でちょっぴり硬くてさらっとしているのだろう?



「むー…ベポくん…が……ハゲた…」

「ハゲてねェ」

「…ん…ハゲてない…………む?」

「よォ」

「よ?」


うっすら開けた寝ぼけ目で、シノはベッドにいるベポじゃない人物を見た。


ツンツンした短めの黒髪、目の下の隈、パーカーはくっつきすぎててよく見えない。
となって、くっつきすぎ?とシノは今の状態を理解していく。
普段ベポにするように、手はしっかりパーカーを握って抱きついているシノの足は、硬いジーンズにしっかり絡んで暖をとっている。
もしやこれは…


「きゃぷ…てん……?」

「お前が一緒に寝たいって昨日来たんだろうが」

「そーだっけ…」

「そうだ」


正確にはちょっと違うが。
ローは昨晩面倒をかけてくれたシノに、意地の悪い笑みを浮かべた。
色々言いたいことはたくさんあったが、そう悪くはない眠りではあったように思う。
先に目覚めはしたものの、いつもに比べ、頭が随分すっきりしている。


「そーだ…湯たんぽだ……」


あの感動は、寝ぼけてても覚えていたようだ。
シノは赤ん坊がまどろむように、しまりのない無防備な頬を緩めた。


「…あり…がと…キャプテ……」



直に夜が明ける。
大鷲の名にひっかかりを覚え、気まぐれに同衾を選んだだけだったが


「まあ、悪くない気分だ」


さて、再び眠ろうとするシノを、どうしてやるか。
もう少しこのままでいてやってもいいが、この安心しきった顔についている、伸ばし甲斐のある頬を引っ張ってやってもいい。
クク、と喉の奥で笑って、ローもまた少し目を閉じることにした。
このとき誤算だったのは、彼もまた知らず知らずのうちに浅い眠りに落ちていたことだ。


しばらくして、船長不在の一大事に、仲間達がシノの部屋に駆け込んでくるその時まで…
測量室では、ゆっくりとした朝の時間が流れていた。



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無記名さま、企画へのご参加ありがとうございました!

・たまたま夜寝るときベポがおらず、寒くて一人で寝られなくてキャプテンにくっついて寝る管制官

管制官もキャプテンも気軽に同衾するタイプではないので、たけのこ自身、どうなるんだ?とちょっと首を傾げつつも、とても好奇心を刺激されてしまいました。
管制官、湯たんぽの感動で珍しくキャプテン大絶賛ww
キャプテンは好んで人に親切しないけど、結局親切したり面倒見たりすることが、ままある気がします。
でもきっとこの後、お土産片手に「寒いの大丈夫だった?」と帰ってきた兄貴分に、「ベポ君ありがとう大好き!もふもふ!」とか言っちゃうのですよ。
で、ベポのお腹に張り付く管制官の頬がまた、びいんと伸びる結果に…
自分からではきっと、こういうお話は書けなかったと思います。(何しろ自分でもどうなるんだ?って感じでしたので)
リクエストどうもありがとうございました。

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