HIT企画
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とはいえ、海の真ん中でさえなければ、シノの逃走に何ら縛りはなかった。
コラソンの実力を持ってしても、ローがいる以上、四六時中シノに目を光らせているわけにはいかない。
ローの病気を治すための医者探しに立ち寄る島で姿を晦ませば、シノがドフラミンゴの所へ戻るのも充分可能だ。
「(じゃないとみんながどうなるか……)」
空島の仲間達の身を案じ、逃走の機会を窺うシノ。
その旅で、再び世界の残酷さを突きつけられるとも知らずに…
最初は”この世界に子供の姿で1人放り出された時”
二度目は”ドフラミンゴが空島に現れた時”
そして三度目―――幼い子供に向かって、寄って集って”駆除”だ”モンスター”だと声高に叫ぶ医者達。
シノが知る、遠い昔に培った常識では医者が患者を選ぶ事すら罪であったし、感染を防ぐ為の隔離であっても、そこには治療や命を救う為という根底があったはずだ。
逃げ惑い、駆除に走り出した人々に怒り狂うコラソンと、彼に泣いてしがみつくロー。
「なに、これ」
ローは泣きながら、諦めている。
何もかも無駄だと、自分のために牙をむくコラソンにやめろと泣き叫ぶ。
シノの中で”二度目”の時を彷彿させるような怒りと絶望が渦巻いた。
―――――ギュイイイイイイィィイ―――ッッッ!!!!
「ぐぎゃあああっ!!!」
「ウギャアアーーー!!!」
通常の”レクイエム”とは比べ物にならない出力で、一人一人の耳から脳にかけてを揺らしながら突き進む音波。
珀鉛病の子供を追い立てようとしていた人々は、尽く頭を抱えて膝を折っていった。
「なっなんだ……?」
「っ」
悲鳴を上げて苦しみもがき、子供を追うどころではなくなった人々を前に、コラソンもローも動きを止めた。
シノはこの辺り一帯にいる人間すべてを行動不能にしつつ、この島にある病院を隈なく探る。
「―――もう行こう…この島にローを診てくれようとする医者はいない」
シノがコラソンのコートの裾を引っ張って言うと、確信を込めたコラソンの声が振ってくる。
「お前…」
コラソンと、彼に担がれたローの視線から逃れるように、シノは歯を食いしばって早足で歩く。
ローのためかはわからなかった。
ただ、この現実が悲しかった。
それからも、医者探しには何の収穫もなかった。
そして何故だか、シノは依然としてドフラミンゴの元へ戻ってはいなかった。
そこへ”オペオペの実”という希望が見つかるも、その矢先に急変したローの容態。
大嵐の中帆を操るコラソンの傍で、シノはぐったりするローが小船から放り出されないよう抱えていることしか出来なかった。
「オペオペの実を盗むって事は…!!!『ドフラミンゴ』も『海軍』も『政府』も!!みんなを敵に回すって事だ!!生きるのにも覚悟しとけ!!!」
ローは目を閉じていた。
唇は歪な弧を描いている。
打ち付ける雨さえなければ、涙が見えたのだろうか。
シノは、そちらの方がずっといいと思った。
それなら少なくとも、泣いてる間は…吹き荒ぶ嵐に連れて行かれそうな小さな息遣いを、必死に確かめなくてもいい。
冷たい雨も、これ以上ローに降り注がないで欲しかった。
シノの鼻がツンとする。
「ねえコラソン…!!私わかんないよ……世界政府も海賊も…”外”はひどいことばっかり!!なんで……?そんなのなくったって人は生きていけるよ!!!」
「!!ああっ―――っまったくだ……まったくその通りだよッッ!!!」
厳しい寒さの襲うミニオン島がようやく見えてきた頃、コラソンは言った。
「おれがお前を攫ったのは、おれの正体がバレるのを恐れていたからだ。お前も既にわかってるだろうが、それももう意味はない。そしてさっきローに言ったように、オペオペの実を手に入れたらそれこそ全てを敵に回す事になる」
「…」
シノがずっと先送りにしてきた選択が今、迫られているのだとわかった。
「オペオペの実は何としてでも手に入れるが…万一……不測の事態が起こって、ドンキホーテファミリーに壊滅的な打撃を与える事が出来ないような時は―――お前はドフィの元に戻って構わない」
「…」
「お前はおれに無理矢理攫われてきた。間違っちゃいねェだろ」
それはそうだが…
今更そう都合よくドフラミンゴが大手を振って『よく帰ってきたな』とはならないだろうし、その場合ローとコラソンはどうなる。
眉を寄せるシノに、コラソンは「心配するな。そん時はドフィにはそう思わせるよう振舞うからよ」と笑う。
心配してるのがそれだけではない事くらい、わからないのだろうか。
シノの眉間の皺が深まる。
コラソンは荒れ狂う黒い海の向こうを眺めた。
「お前だけの問題なら、おれは何が何でもお前とローを連れて逃げる…!!戦うさ!……だが現実はそう簡単じゃない。お前はその小っちぇえ命で…細っこい身体で…島ひとつ分の家族の命を背負って、守ってきたんだ!!」
シノとは比べものにならない大きな手が、その小さい肩を掴んだ。
「すげェよ…お前はあのドフィ相手でも、けしてその目から光を失わなかった。実の弟でさえ”化物”だと思うあの兄によ……本当にすげェ事なんだぜ」
父を守ることが出来なかった。
むざむざと目の前で殺させてしまったコラソンには、目の前のちっぽけな女の子の偉業に目が眩む思いだった。
こんなに直向に頑張る少女にこそ、家族を失わせてはならない。
「巻き込んで悪かったな」
「あ…」
「……でも、おれも…それにローだって、嬉しかったと思うぜ」
―――お前がいて。
そう言うかわりに、コラソンはニカッと笑った。
シノはいつだって、コラソンから逃げる事が出来た。
でもついて来て…一緒に治療法を探し、ローを心無い声から遠ざける手助けをしてくれた。
もう、充分だ。
「だから…もしもの時はためらって欲しくねェ。そんだけさ!勿論作戦は成功させる」
オペオペの実を手に入れたらローは助かる。
これまで集めたドフィ達の情報を海軍に渡せば、次こそ一網打尽にすることが出来るかもしれない。
「おれはオペオペの実を奪取しに行く。だからそれまでローの事を頼んでいいか」
「っそんなの…」
当たり前だ、そう言おうとした自分に、シノはハッとする。
途方に暮れた顔をしたシノを、コラソンは穏やかな目で見ていた。
シノの葛藤など見越したような顔で。
「ありがとな」