HIT企画

□虹のカーテン
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○月×日 快晴のち虹の霧

昼前、不思議な海域に突入。
はじめは七色の霧に見えたけど、進むにつれ虹が降ってきた。
あたり一面虹色のカーテンをかけられたみたいで何も見えなくなったけど、うちにはシノがいるから大丈夫。
…だと思っていたんだけど……船の中は大混乱だ。


「ふう…人間の手って書きにくいなぁ」


ベポは、とりあえず現状を記録し終えたので、開いていた航海日誌を閉じた。
表紙の下の方には、ちゃんと”ベポ”と名前入りのそれを書いていたのも、持ち主も当然ベポなのだが…一息ついてペンを置いたのは、ジャンバールの手であった。
その横からにゅっと現れた手は、船員誰もが見慣れた物騒なタトゥーをしており、まだ乾いていないそれを眺めるために机に肘をついている。


「上手に書けてるよ。インクも手に付いてないし良かったね」


ベポに向けて微笑んだシノだったが、


「ヒッ…!」


ベポ―――現在ジャンバールの顔をしたベポは怯えながら後退り、乗っていた椅子から派手な音を立てて落ちた。
シノはそれにむっと口を尖らせる。
尻餅をついたベポはそれにまたビクっと肩を揺らして距離を取ろうとするので、シノの眉は下がる一方だ。
驚愕のあまりガタガタと震えるベポ(inジャンバール)を同情的に見ていたクルー達の視線が、それに対するシノ(inロー)を映してしまい、各々頭を抱えて拳を叩きつけるカオスが、そこにはあった。


「キャプッキャプテンが!おれたちのキャプテンがーーーっ!!!」

「肘をつくな!覗き込むな!微笑むな!困り顔とかやめろおおおお!!!!」


いつもよりややオーバーで、シャチみたいなペンギン。
いつもよりやや口煩くて、ペンギンみたいなシャチ。
他のクルー達も何やら混沌としていて、食堂はひっちゃかめっちゃかであった。

そんな中、険しい顔をして腕を組んで黙っていたのは、シノとベポである。


「……」

「……」


彼らに共通するのは(おれの身体で……)という、自分の顔した別人たちを見て、持て余した衝動を抑えているところだ。
華奢な肩で腕を組み、たわわな胸を堂々と張りながら、恐ろしく厳しい顔をしたロー(inシノ)と、大人びた表情でたそがれ気味なジャンバール(inベポ)の視線が、一心に自分の身体へと注がれている。


「おいシノ。おれの顔で妙な事すんじゃねェ」

「怖っ!!こっちは別の意味で怖ァ!!」

「かっ可愛くねェどころかおっかねェ…」

「シノが怖いよォ」

「……ベポ……」


発言者は、上から

ロー(inシノ)
シャチ(inペンギン)
ペンギン(inシャチ)
ベポ(inジャンバール)
ジャンバール(inベポ)

である。

ベポの顔をしたジャンバールの目が、とうとう死んだ。
何が悲しゅうて、いい年した自分が口に手を当てながら泣きべそかく顔を拝まねばならんのだろうか。


「……別に妙な事なんてしてないもん」

「「「「それが妙なんだよ!!!!」」」」


ローの顔をしたシノが拗ねたようにふいっと顔を背けて言えば、ハモって怒られた。
一応シノにも、自分の言葉がローの声で発せられる違和感はあるので、一理あるとは思っているが、人間そう急に振る舞いを切り替えられるわけがない。


「キャプテンだって私の顔でそんな威張んないでよ!あと足開いて座るのやめて」


シノの気持ちは今、上司と強制的にシャンブルズされた、とある女海兵と同じであった。
これでチューブブラを毟り取られでもしたら、多分発狂している。
ローが舌打ちするとまたシノの目が厳しくなったが、収まり悪そうに足を閉じたのでとりあえず黙った。


「わかったから……お前も女言葉使うんじゃねェぞ」

「……(こくり)」


アザラシ柄の帽子がシノに合わせてこくん、と頷くのを見て、ローも何か言いたげだったが黙して妥協する。
いつものように「うん」と無邪気に返事されなかっただけ、まだ傷は浅い。


「……キャプテンも言葉…気をつけて、……」


ね、とつけようとして、咄嗟に息を呑んだのがわかった周囲も、今だけは仕方ない…とそれぞれ現状に甘んじる事にした。
何だか今度は、人見知りの子供みたいに言葉少なくなったロー(の顔したシノ)に思うところがないわけではないのだが。



「―――よし。まずは状況の把握と精査だ」

「「「「(あ、やっぱキャプテンは言葉直さないのか…)」」」」


約一名、約束破られたみたいでムッとしているが、概ね安心で胸を撫で下ろした。
いくらシノの顔でも、キャプテンが精神的カマバッカするのは見たくないハートの海賊団だった。


「こうなったのはあの時甲板にいた人間だな」


ローが食堂に集まった面々を見渡して言えば、肯定の返事が返ってくる。
あの虹の光を受けた時から、このおかしな現象が始まったのだ。
何かの能力か攻撃を受けているのかと覇気で探ってみても、辺りにはそれらしい能力者はいなかった。
おそらくこれはあの虹の起こす怪奇現象である、と結論付けられたのは、船内…特に窓の無い位置にいたメンバーにはそれが見られなかったためだ。
更なる裏づけは、ガラス越しに虹の光を見て精神が入れ替わった操縦士達が体現していた。
そして精神が入れ替わった者達に共通するのは、その時一番近くにいた人物と入れ替わったという点である。


「ならもう一度甲板に出れば…」

「可能性は高いな」


ならば膳は急げと、深く潜らせていた潜水艦を浮上させる。
この精神移植が判明してすぐに、艦を潜水させたのはローの咄嗟の判断である。



「おれが能力を使えればこう面倒にもならなかっただろうがな」

「キャプテン…」


普段他人の精神移植をしているローは、当然己にその不幸が降りかかったことなどない。
改めて不便さと便利さの両方を痛感しながら、シノの身体で無力を訴えるローを、ベポは痛ましげに見つめた。
ペンギン(inシャチ)は、そんなベポ(inジャンバール)をぽん、と叩く。


「お前も……あんまりジャンバールにダメージ与えてやるなよ……」

「?」


わかっていないらしいジャンバールの顔をしたベポは、純粋さいっぱいの目で瞬きをした。
また一段と、ジャンバールの目が死んだ。
ペンギンは、もう立つ気力のないらしい白熊に「ごめん」と謝った。
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