HIT企画

□Home Sweet Home
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海軍本部に戻っていたローは、しばらく留守にしていた自宅へ戻ろうと、心なしか軽い足取りを速くして廊下を突き進んでいた。
異例の若さで中将となり、医師としての能力も抜きん出た知将と目されるローであるが、将校以上に許された海軍コートは羽織っていない。
そもそも、正義などという抽象的で星の数ほど定義のある曖昧なものを、大っぴらに掲げてまわるのは性に合わないのだ。

海軍にありながら、その昔政府に手酷い裏切りを受けた身である。
海軍に…世界政府に正義があるなどと夢を見るには遅すぎて、己の正義を捧げる相手としては、海軍という組織はローにとって大いに役不足であった。
己の正義なら、幼い自分に生きる道を指し示してくれた恩人達に常に心の奥底で捧げている。


コートも羽織らず、制服も着ないローを咎める者もいるにはいるが、今ではそれも限りなくゼロに近いと言える。
上下関係に厳しい軍において、中将まで上りつめたローに意見できる者はそうおらず、また大将や元帥らのように身分が上であればあるほど、形だけの忠誠に意味がない事をよく知っているからだ。

加えてローは、軍人でありながら医者としても名を馳せている。
ローにとって軍は手段でしかなく、医者としての道こそ己の本分であると思っているからこそ、それを背負っているまでの事だ。
重苦しいコートのかわりに翻る白衣が、それを如実に現していた。


「あ、中将。ちょっぴり中将みたいな人がいるよ」

「ん?」


ベポが歩きながら指差す先にいたのは、黒いスーツに身を包み、花を携えた男だった。
中将みたい、というのは、制服を着ていないという点においてである。
別に、若そうなくせしてでかい面して歩いているからではない、はずだ。


「制服着ないで歩いてるけど誰かなぁ?」

「…ありゃおそらくサイファーポールだな。ほっとけ、関わるな」

「さい…ああ!シノが時々お出かけする所だね」


腹の立つ事ではあるが、ローが将校となってシノを部下として引き抜いた後も、シノがローの傍を離れる事がままあるのだ。
その主たる元凶がサイファーポールである。
ベポは、自分の言葉でローの機嫌がわずかばかり下降したのを察して、少々肩身の狭い思いでローの後に続いた。


「(大丈夫…中将お家に着いたら大丈夫…!)」


シノもロシナンテも休暇中で、家でローを待ってるはずだ。
だから大丈夫、と頭の中で唱えていたベポの期待は、その玄関先で裏切られた。




「あ」


さっき見た男の後姿が、何故かローの邸にて発見されたのである。
そして応対しているのはなんと、あのハイパー人見知りのシノだ。
しかも笑顔で。

我が目を疑ったのはベポだけでなく、ローまでが、つい足を止めてその光景に釘付けとなっていた。


「ポッポー」

「ハットリ君もいらっしゃい」


「あっああ!なんだ…鳩かぁ…中将!鳩だよ鳩!鳩を歓迎してたんだよシノは!!」

「連呼しなくてもいい」


男の肩に舞い降り、シノの肩へと飛び移る鳩を見て、ローは男の正体に気づいた。


「ロブ・ルッチ…CP9が何故家にいやがる…」

「え?」


低い声で言われたそれに、ベポが首を傾げる。
するとルッチは、持っていた花をシノに差し出した。



「―――わ!キレイだね」

「セント・ポプラで見つけた。ホワイトポプラベリーという固有種で、今は青い花だが、一月程で白い実がつくらしい。実が落ちた後も葉は美しく紅く染まるとか…」

「すごい…ありがとう!」


「すっすごいよ中将!あいつ花束じゃなくて鉢植えだよ!しかも実がつくやつだ…!!あいつ、シノのツボを心得てるよ!」


元野生児のシノは、美しいだけの花よりも、食べられる実がつくものの方が好きだ。
小声だが、門の前でぐいぐいとローを引っ張るベポの存在に、おそらくルッチも気がついているのだろう。
ローは「引っ張るな!」とベポの手を離してから、自宅に向かって足を進めた。


「固有種とはいえ、気候はここと似ているからよく育つだろう」


よく調べた上でのチョイス、さすがは一流諜報員。
感謝と感心を抱いていたシノも、そこでようやくロー達に気づいたらしい。
ルッチの向こうに彼らを見つけ、ルッチに何事かを言ってから「お帰りー!」と空いた手を大きく振った。




「これはこれはトラファルガー中将…お初にお目にかかります」

「CP9のロブ・ルッチだな」

「ご存知でしたか」


目礼して名乗るルッチを前に、ローの偉そうな事……実際偉いんだが。
シノは何だか険悪な雰囲気に眉を寄せた。
主に、うちの子態度でかくてすみません的な方向で、少しハラハラしている。
ローは、丁寧に挨拶をしているようでいて、ルッチの態度の端々に感じる慇懃無礼さに眉を上げた。


「おかえりロー!ベポ君!」

「ああただいま」

「ただいま!」

「ごめんねルッチ…ローも結構人見知りで…」

「いや…」


お前が言うのか―――この場にいる男達全員の気持ちが合致した。
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