HIT企画

□仮面の男
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これはいつかにあったかもしれない話……


海賊や札付きで賑わう酒場の奥まった席で、いつものように食事をしていたシノは、ふと目に留まった人物におや、と目を見張る。
その人物は、カウンター席で山盛りのパスタを勢いよく啜っていた。
首から上をすっぽり仮面で隠したその男が、どうやって口に物を入れているのだろう、と観察していたシノは、きゅぴーんを目を輝かせて隣の兄貴分の袖を引いた。


「ベポ君、ベポ君…!見てあれ」

「…ん?」


お腹一杯、酒も適度に入ったベポは、くしくしと目を擦りながらシノの指差す方向を見た。


「すごい……!」

「……あれ?」


ベポは、仮面に空いたいくつもの小さな穴から器用に麺を通して食っている男を見て首を傾げた。
目の前で起こっている珍事にも驚いているが、何だか見覚えがあるようなないような…とアルコールでぽやぽやする頭でふわふわと思考する。
基本的に、見知らぬ人間には然程興味を持たぬシノも、曲芸のような食事法に釘付けになっている。
その熱い眼差しに気がついたのだろう。
チェーンソーでも持って追いかけてきそうな仮面の男が、じっとこちらを見ていた。
視線を返されて慌てたシノがベポの腕を盾に半身を隠す。


「……」

「……」

「……(誰だっけ…?)」


とろんとした目のベポはマイペースに記憶を探る。
動物は基本、目を合わせたらバトル開始の合図である。
シノはそんな世界で長く生きてきたため、人見知りである事を抜いても、信の置けない人物とは戦闘以外、極力視線を合わせない。
しかしこの仮面の男、口部分にある細い穴を除き、目にも鼻にも穴がない。
つまり目がわからない。
故に、シノも僅かにであるが、いつもより緊張の度合いが低いようである。
普段の彼女なら、絶対にこんな事はしなかったであろう。
シノは箸を引っくり返すと、ステーキに添えてあった細めのフライドポテトを摘んだ。
そして仮面の男に向かって首を傾げ、男とポテトを見比べる。
数秒、男も考えていたのがベポにもわかったが、こいつ誰だっけ?と考えるのに忙しいほろ酔い白熊は、この異常事態に大した注意を払っていなかった。


「(キャプテンに聞けばわかるかなぁ?……そういやキャプテンどこ行ったんだろ…?)」


いつも自分やシノの傍にいる船長は、今ばかりは姿が見えなかった。
ベポがそんな事をぼんやり考えていると、男がこくり、と頷いた。
シノの黒い瞳が、またしてもきゅぴーんと光る。


シュッ!


シノの摘んだ箸から、ポテトが男の方へとまっすぐ飛んでいく。
男は微動だにせず、その軌道がどこを目指しているのか初めから見抜いていた。
細いポテトは、男が啜っていたパスタと同じように、仮面の穴をキレイに通って男の口に入り、もぐもぐと咀嚼するにつれ、ふりふりと揺れながら仮面の中に吸い込まれていった。


シュッ!シュッ!シュッ!!

パク!パク!パクン!!


がやがやと騒ぐ男達、エールの乗った盆を片手に愛想を振りまくウェイトレス達が所狭しと歩いているというのに、ポテトはそれらを避け、器用に15Mは離れたカウンターの男の元へ次々と放たれ、男の口に消えていく。
ベポはぱちぱちと目を瞬き、シノの目がさらにキラキラと輝いた。
ベポの袖をまたくいくいと引きながら、興奮に頬を赤くしている。


「すごい!すごいベポ君!!」

「う、うん…今のはシノも上手だった…ってシノ、もしかしてちょっと酔ってる?」

「えへへへ…!」


ピンク色の頬を緩ませ、機嫌よく笑うシノの周りを見てみると、あまり見たことないような銘柄の酒瓶があった。
シノの好きな果実酒ではない。
シノは他にも何か男に食べさせられるものがないか、テーブルをきょろきょろと見回している。
ベポが瓶のラベルを見てみると、なるほどアルコール度数が高めだった。
男はというと、もういいだろうと思ったのか、パスタに向き直っていた。


「何してる」

「あ、キャプテンおかえりーどこ行ってたの?」

「お前ら気づいてなかったのか」


戻ったローは、呆れた様子で腰を下ろした。
ベポは何の事?と目で問う。


「うちの奴らとあっちとで面倒事になりかけたんだよ」

「あっち?」


ローが顎でしゃくった方を見れば、ベポは「ああ!」と声を上げた。
野菜スティックを見つけ、あの穴に入るかなぁと考えていたシノもそちらを見る。
そこには、いつぞやシャボンディ諸島でローとご挨拶交わしていた赤い髪の男がジョッキをみるみる空にしていた。


「ああ、あの……ケバ……ケバブ…?」

「お前酔ってんな……ユースタス屋だ」

「あ!そうだよあの人!!」

「?」


ベポが慌てて指差した方向には、あのカウンターの仮面の男がいた。
どこかで見たことあるはずだ。
キッド海賊団のキラーだ。


「目と鼻の先にいたじゃねェか……」


何故それで気づかねェ。

ローはまた呆れたが、シノはあまり覚えていないらしく、それよりも、と今度はローの袖を引く。


「あのこ面白いんだよ」

「(動物扱いか…)何があった」

「えっええと…」

「見てて〜」


シュシュシュッ!!


「………」


シノによって意図的に細切りされた野菜スティックがドレッシングを纏い、瞬く間に仮面の穴に吸い込まれていく。
それを見てきゃらきゃらと笑うシノの隣で、ベポがあわあわしている。
もごもごと消えていく緑黄色野菜を見て、何があったのか一瞬でわかったローだった。
わかりたくもなかった。
片手で額を覆う。
ここも面倒な事になっていた。
酔いも手伝って、シノはすっかりキラーと打ち解けているつもりのようだ。
ベポに隠れずに、初対面に近い男に小さく手を振っている。
驚くべきは、それに軽く手を上げて応えてやるキラーの度量の深さである。
ローの視線に気づくと、小さく首を横に振った。
気にするな、という事だろうか。
その名に似合わず、血の気の多いあちらの船長とはだいぶ違う気質のようだ。
ユースタス・キャプテン・キッドの方など、どこぞのガキ大将のようにうちのクルーに刃を向けようとしていたのに。


「キャプテンこれおいしいよ」

「ああ…」


何やら疲れた様子のローに、おそらく酔いの原因であろう酒を注いだシノがニコニコ笑っている。
ローはそれをひと飲みで氷だけにすると、シノを見下ろした。


「お前はもうこれは飲むな」


残りをすべて、己のコップになみなみと注いでまた飲めば、シノは肉をおあずけにされた時と似たような顔をしていた。
いつもならこれくらいで溜飲を下げてやるところだが、今日は許さん。
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