HIT企画

□天使の詩
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シャンクスの宴はいつも派手だ。
船の上でも、森の中でも、どこでだって、シャンクスの周りは盛り上がると手がつけられない。


「なのに…行く先々でこんなに高い店貸切にして騒がなくても…」


毎回思うことを零せば、酌をされたばかりの盃を傾けたベックマンが取り成すように言う。


「たしかにお頭には似合わねェがな…―――これも立場ってやつさ」


四皇という肩書きは勿論、大勢の部下達を抱えて頭(トップ)にいる者が、率先して”遊び”を楽しみ、楽しませるよう振舞うのはくだらないようでいて大事な事だ。
何分、物や娯楽に溢れていたとは言い辛い生活を送ってきたシノにはわかりにくいかもしれないが。
片腕に酌をする女を引っ付け、もう片方の腕で引き寄せたシノの頭をベックマンがぽんぽんと叩く。


「私は……椅子もテーブルも屋根もない、いつもの宴の方が好き」


大きな手が勢いを増してシノの髪をくしゃくしゃにした。
ムッと髪を直しながらベックマンを見上げれば、彼は素知らぬふりで今度は酒瓶ごと女の腕からひったくって飲み干している。
その姿にフン!と息巻いたシノがジョッキを呷る様を見る、ベックマンの目は驚くほど穏やかだ。
周りのどんちゃん騒ぎや、露出の多い女達の奏でる歌や音楽が嘘のように。


元々人ごみ嫌いの自然派で、女のシノがこういった場を好きになれないのは仕方ない、とベックマンも仲間達も理解はしている。
人見知り云々を除いても、女にはあまり旨みの無い場所でもあるのだから。
いつもシノは、仲間達がその場の女といつの間にか消えていても、文句も(実はちょっと言ってるが)あまり言わず、程ほどの所で切り上げて船や宿へ戻る。
始まりは華やかでも、終わりは実に味気ない。
男所帯の女というのも、実の所そう楽ではないのだ。
海の上ではちやほやしても、陸に出れば見向きもされないなんてザラだ。
特に、恋仲でもない仲間に手を出すのはご法度である。
しかもシャンクスをはじめ、赤髪海賊団の高い年齢層からすると、実年齢が成人女性(未だに信じていない者多数)といえど、見た目は発育のいいティーンエイジャーなど、娘も同然。
娘に下半身事情を曝け出したい父親が、どこの世にいるのだろうか。
もしいたとすれば、潔く絶滅してもらう他あるまい。
感づかれるのも、蔑まれるのも、寂しそうな視線を背に受ける(←ちょっと願望入ってる)のも心苦しいのだ。
故に、皆率先してシノに関わらないように、そそくさとお姉さんをお持ち帰りする。
結果、気づけばぽつん…と取り残されるシノ。

――なんか余計にかわいそうだと思うのは、ベックマンだけではないはずだ。

しかも相手は、いつでもどこでも盗聴し放題のシノである。
どんなにこっそり抜け出そうが、ふと仲間の存在を彼女が探ったとすれば……励んでいるその瞬間にかち合ってしまう事だってあるかもしれない。
そう考えると―――いや、こんな風に考えすぎるから「副船長最近白髪増えましたね〜」とか言われるのかもしれないが、とにかくだ。
こんなワイルドピュアなシノに、もしそんな事があったらと思うと、ベックマンは気がかりなのである。
元々ベックマンは女に対して執着の薄い男であったが、シノが仲間になってからというもの、女を連れる回数は激減した。

シノが仲間に入った当初、彼女はベックマン以外にはあまり懐いておらず、その時はまあしょうがないと言われていたが、シャンクスや、シノ本人から「気にしなくてもいいよ」と言われただけに、時々はそうする事にしている。
シノとて見た目通りの子供ではないのだから、そこまで気にせずとも良いと理屈ではわかっているのだが、感情はまた別物である。


…という葛藤を、シノも少しはわかっているつもりだ。
だからこそ、片腕に女引っ付けたベックマンを、シノはジョッキを傾けながら、ひらひらと見送った。
いつも通りの事……そう、いつも通りの事なのだが……


時々こうやって、ベックマンの腕越しに女が見下してくる事がある。
勝ち誇った目で、どん底に喘ぐ惨めな者を上から眺めるかのごとく。
何の謂れもなくそんな目を向けられて、カチンとこない程、シノは日和見ではない。
しかし、ベックマンを気持ちよく見送ってやりたい。
そのためには、ふざけんじゃねェオラァ!!と物理に訴えるわけにもいかないので、シノはまたまたひとつ、ふたつ、とジョッキを空にしていく。
事情をわかっている仲間達からは「よく副船長のために我慢したな」「いつもご苦労さん」という気遣いの視線がほとんどなのだが、事情を知らぬ女達にしてみれば、まさに先程見下してきた女のように、袖にされてふてくされているようにしか見えなかった。


「シノは偉ェなァ〜〜〜!!お前は将来いい女になるぜ〜〜!!」


ジョ〜リジョ〜リ


「……」

「たっ耐えろシノ!お頭に悪気はねェんだ悪気は…!!」


可愛い仲間を労おうと酒を持って席を移動してきたシャンクスに、思い切り頬をジョリジョリされたシノが余計にイラッとするのを、近くにいた仲間達が動物を宥めるように「「どうどう!」」と口を揃える。
一頻りジョリジョリして満足したシャンクスは(ただ自分が頬擦りしたかっただけらしい。)空いた隣に腰を下ろした。
そして残り3分の1くらいになったシノのジョッキを見て匂いを嗅ぐと「相変わらず可愛いモン飲んでるなァ〜〜」と相好を崩す。


「別に可愛くない…あんまり甘くないやつだし…」

「果実酒なんかみんな可愛いもんだろ?どうだシノ!お前もそろそろ大人デビューしろよ〜〜!エールでも!ワインでも!好きなの何でも飲ませてやるよ」


と言って、シャンクスはシノをあぐらをかいた膝の上にヒョイッと乗せた。
慣れた様子で軽々と乗せるシャンクスにもそうだが、膝に乗せられても相変わらず憎まれ口を叩きながら、平然と可愛がられているシノへ、さしもの女達も見方を変えざるを得ない。
彼女たちも自覚している通り、先の目は”四皇のお気に入り”に向けていいものではなかった。

シノがシャンクスについ刺々しくなってしまうのは、こういう事を何気なく人知れずやってしまう所にもある。
自覚してるのかそうでないかは別として、シャンクスは右足出したら次左足出して歩く、みたいにスルッとやっては恩にも着せず、断ったり…ましてや礼を言う暇(いとま)すら与えないのだ。
ベックマンとはまた違った意味で、自分より長く、濃く、経験を積み、感じながら生きてきたのだと思い知らされる。
酒で色づいた膨れっ面で「…じゃあ…シャンクスと同じの」と所望したシノに、シャンクスは嬉しそうに歯を見せた。
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