HIT企画

□CP9
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現代日本でなまっちょろく育っていた女子高生が、いきなり幼児で空島サバイバルというだけでもかなりの奇想天外な出来事だ。
しかも何だかんだで生き抜いた挙句、生来の人見知り的にはここ天国?くらいに空島ライフを満喫出来るようになった頃…

不審な船に誘拐されたシノは、ここしばらく遭遇してなかった人間に囲まれてものすごく気が立っていた。
シノが毛皮を持った動物ならば、全身の毛を逆立てて威嚇していた所だ。
…訂正、毛がなくても威嚇どころか既に大暴れしていた後であった。


「なんだァ?このガキは…」

「オトオトの実の能力者だ。―――ひどく抵抗してきたので海楼石をつけてあるが」


抵抗の跡は、エニエス・ロビーまでやってきた船の崩れ具合がこれでもかというくらい物語っていた。
マストは千切れたように途中から無くなり、帆は破れ、船は所々が浸水する始末。
エニエス・ロビーに辿り着くのもやっとの状況だったのだ。
説明を受けるスパンダムは、それを空島航海によるダメージと思い込んで「ほー」と抵抗具合を侮っているが、ほぼその”ガキ”と彼女を守ろうとした大鷲の仕業である。
猿轡を噛まされてもなお唸るシノに、説明を続ける仮面の男は底冷えのする低い声を出した。


「その胆力には賞賛を与えよう……だが……あの空島に住まうものどもの命は貴様の態度次第だという事をよく覚えておけ」

「…」

「世界政府に逆らう意味もよくわかっていない小娘がァ!!」


愉快そうに口出ししてくるやかましい男はどうでも良かった。
シノはただ、己を捕らえた男の言葉にはそれを成す力があると、本能的に感じたのだった。


「いい子だ―――使い方次第ではかなり役に立つ能力だ。貴様のところへくれてやるから好きに使え」

「このクソガキがなァ……」



誠に遺憾ながら、これがシノがスパンダムの部下なんぞになってしまった日の事である。



―――それから5年もの歳月が流れた。



「うおォおおおいシノーー!!おれは給仕に新しいコーヒーを持って来させろと言っただろうがァ!!!」


スパンダムの叫びが、執務室に響き渡る。
相変わらず、年中無休でやかましい男である。
そんなに叫ばずとも、シノの能力で聞き零す事など、このエニエス・ロビーであるわけないというに。
渋々姿を現したシノに、スパンダムは唾を飛ばして叫ぶ。


「なァんでカップだけなんだ!?コーヒーはどこだ!!給仕を斬り捨ててやろうにもあいつら部屋に入ってワゴン置くなり消えるし!!!」

「それが合理的だから」

「あァん!?」

「どうせ零すコーヒーなら入ってなくていいよ」

「どういう理屈!?おれはコーヒーが飲みてェんだよ!!!」

「零すのに?」

「零すかバーカ!!」

「零したからコーヒーのお代わり要求したの、気づかれてないと思ってるの?」


グサッ!


「うっ」

「それに雑巾と着替えもいらないし」


グササッ!


「ううっ」

「あと長官も火傷しないし」

「…え…っ!」

「あ、それはいいや別に…」

「よくない!!それが一番よくねェよ!!何神妙に頷いてやがるこのクソガキ!!!」

「え?」

「ピュアな目をするな!!」


もうやだ何こいつ…返品したい。


この、エニエス・ロビー随一の困ったさんであるスパンダムをも困らせる、少女と見紛う一応成人女性はシノ。
あの日、仲間の命と引きかえにサイファーポールに従属する運命を背負わされた、か弱…くはなかった乙女である。
仲間の命が盾にとられている状況は変わっていないが、引き渡された先の直属の上司が類稀なるアホだったのをいい事に、結構好き勝手やっていた。

エニエス・ロビーに勤める職員達にはこれがかなりの評判で、シノは知らぬ間にエニエス・ロビーの裏番みたいなポジションにまで上りつめていた。
何しろ、長官のミスのツケが押し付けられる事も激減し、自分で零したコーヒーを給仕のせいにしてクビにしたり、ファンクフリードで手打ちにする事も、ほぼシノが長官の図星をついて回避してくれるのだ。
崇めないわけがない。
聞けば彼女自身、やむにやまれぬ事情で長官の部下に身をやつしているというではないか。
奉るほかない。

シノ的にはただ、目の前のアホさ加減についつい突っ込んているだけなのだが、職員達には救いの神である事に変わりはない。
スパンダムも、いいかげんクソ生意気な小娘をクビにして陥れてから、空島の生き物皆殺しにしてやりたいと何度思ったか知れない。
が、何かと便利なシノの能力を手放すのが惜しいのと、以前それとなくシノの事を本部で愚痴った際、高官から「御しきれないという事はあるまい」「サイファーポールの長官ともあろう者がそのような情けない話あろうものか。冗談が過ぎる」などと言われたため、下の者には権力をひけらかし、上の者には媚びへつらう小者は白旗を上げ損なってしまったのだった。



「ほら…お水はあるから」

「チッ」


ワゴンにあったピッチャーを掲げて見せれば、嫌そうにカップを差し向けるスパンダム。
ゴトン、とピッチャーをワゴンへ置いたシノが首を傾げる。


「注ぐとでも思った?」

「注がねェのかよ!?注げよ!!お前一応おれ様の部下だろォが!!!」

「セクハラ…」

「水貰おうとしたから!?」


一瞬がーん!となったスパンダムであったが、すぐさま「カリファじゃあるめェし!!てめェみてェなちんちくりんが100年早いわボケがァ!!」と激昂する。
しかしそこに答える声は無く…1人ぼっちの執務室で、スパンダムの人差し指が空しく空(くう)を指していた。



「〜〜〜〜〜っシノーーーー!!!!!!!!」



上空にいてなおうるさく聞こえる声に、シノはうんざり舌を出した。
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