HIT企画

□天使の生まれた日
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ロシナンテは、屋敷に帰ってすぐに、おや、と足を滑らせた。
別に、何に気を取られずとも転んで滑るのが通常運転の男なので、家主であるローは慣れた様子で手を貸して、ロシナンテをソファへ導いた。
向かいには既にシノがおり、ローもその隣に腰掛ける。
2人と対面する形となったロシナンテはまた、おや、と首を傾げた。


「何だ?2人揃って…」


改まった様子の2人に、もしや何か良くない報せでもあったのではと瞳に真剣な色が混ざり始めたロシナンテに告げられたのは、想像とはあまりにかけ離れたもので…



「子供が出来た」



こ ど も ?

一瞬、それが何なのかすらわからなくなった頭が処理を止めた間にも、ローの口は動いていた。


その時のロシナンテは動揺のあまり、ロー達の前で初めてまともに煙草の火をつけられたが、ハッと意味を理解するなり顔ごとテーブルにぶつけ、銜えたそれを鎮火させた。

えぇ……と若干引いた目で見てくる、我が子のような2人の視線も何のその。
匂いのついたコートも残りの煙草もライターも部屋の外の投げ捨てて叫ぶ。


「ななななっ何だってェ!!??」

「「(いや……聞こえてただろうどう見ても……!!)」」


無意識の条件反射で胎児を気遣ってくれる人に感謝すればいいのか、果たしてこの挙動不審な大男をどうすればいいのか。
夫婦になる前だというのに、ローとシノは熟年夫婦のように顔を見合わせ、ため息をついた。



********



一緒にいた時間が長すぎて、恋人となった後も周囲にはほとんど気づかれていなかったローとシノ。
勿論その中に意図的な沈黙が無いわけではなかった。
何しろ、一つ屋根の下には、今では親のような家族が住んでいるのだ。
言い辛い気持ちは、ロシナンテへの報告を先延ばしにし、まあロシナンテが気づけばその時にでも…なんて、2人して薄情な事を思っていた頃。
シノの妊娠が発覚したのである。
妊娠がわかったシノはまず、自分でエコー検査し、確信を得てからローに相談した。
産まないという選択などなかったが、2人の子である。
妊婦によくある情緒不安定さのせいだけじゃなく、そうでなくとも勇気のいる報告をおずおずとするシノを前に、ローはその場で「よし。結婚するぞ」と即決した。
シノ的には子供の事だけを話すつもりで、そこまで話が飛躍するとは思っていなかっただけに半ば呆然としていたが、ローからすればまさに良いきっかけだったのだ。
精神的にも肉体的にも結ばれて、それでもどこか前の家族然とした仲を引きずっていた2人が、前に進む起爆剤として、最適な報せだった。
元々甘い言葉など吐くタイプではないローに、天から与えられた千載一遇の機会。
ただでさえ、最近ロシナンテのみならずセンゴクにまで「孫はまだか?」とよくわからん圧力を掛けられてうんざりしていたローが、それを逃すはずもなかった。


ロシナンテが報告を受けたのは、成功したプロポーズのすぐ後の事だった。
『子供が出来た』の後に続いためでたい報告のダブルコンボに、ロシナンテはその日、ローが心底ウザがるくらい泣いた。


「っぐず…っ新婦のつきそい役はおれがやっでもいいがなァッ?なァシノ〜?」

「……」

「えっ…何その顔…」


すごく嫌そうな顔をしたシノに、ロシナンテは別の意味で泣き出した。
はじめは照れくさいやらで、大人しく酔っ払いの相手をしていたローも、ハア…と大げさにため息を吐く。


「コラさん……披露宴なんかして、こいつがよく知りもしねェ招待客の前で消えずに持ちこたえられると思うのか?」

「ううん…」


思わない。
ふるふると、子供のように首を振るロシナンテに、ローは「だろ」と頷いて酒を呷った。


「式なんざして軍に無駄な気を使う気はねェ…」

「でもシノは……お嫁さんしたくないのか…?」


お嫁さんて。
中年親父のくせに、酒のせいで無駄に可愛く無邪気に首を傾げる。
身内でなければ苛ついただろうが、ロシナンテなのでまあ許してやろうという気で彼を眺めていると、シノは徐に視線を感じた気がして隣を見た。
そこにはたしかにシノを見ていたローがいた。
シノが目を合わせると、バツが悪そうに視線を逸らしてしまったが。


「?」

「シノ〜〜?」

「ああ…うん……別に…」

「別にィ〜〜?何でだよォ〜〜寂しいだろォがよォ〜〜」

「さびしい?」


シノはおいおいと咽び泣くロシナンテにちり紙を渡してやりながら、きょとりと瞼を上下させた。


「綺麗な花嫁さんをお祝いして送り出してやりたいって思うだろォ〜〜?普通〜〜!!」

「ふつう…」


そういえばそうか。
結婚式など、前世の子供時代に親戚のものに行ったっきりだったシノは、そういえば女の子の憧れって感じだよなあと今更思った。
何しろ、今生になってから人付き合いが壊滅的で、誰の結婚式にも呼ばれた事が無いもので。


「その発想は無かった…!!」

「無かったのかよ!!」


「ええ〜〜!!」っと目玉ひん剥いてブーイングするロシナンテに隠れて、ローもこっそり内心で(無かったか…)と少しホッとしている。
面倒なだけではなく、シノや自分の気質的に、盛大な式など想像できなかったローは、敢えて晒し者になる気など無く、シノにもそれがいいだろうと思いつつも、やはり女には複雑な気持ちがあるのではと勘ぐっていたのだ。
騒ぐロシナンテにも動じず、うむ、と頷いていたシノは「…そうだなァ……」と手元のオレンジジュースの氷を揺らした。
カラコロとコップに合わせて揺れる氷に目を落とし、シノは小さく言った。


「コラさんとか…ベポ君とかに…お祝いしてもらえたらそれで……うれしい…」


はにかんだ瞳がロシナンテへ向けられる。
愛らしいおねだりを含んだその目ごと、横から回した腕で、ローが引き寄せた。


「おれもだ」


微笑みあう夫婦予備軍の睦まじさを初めて目の当たりにした酔っ払いが1人、乙女のように恥じらい目を覆ったという。
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