HIT企画

□ユメのサイカイ
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シャボンディの苦い記憶から2年。
再び仲間と合流し、新世界の航海をはじめた途端ではあるが、シノはぐすぐす、と鼻を啜っていた。
血みどろで。


「うっサンジのバカ…っうぅっ…」


あまりの衝撃に涙を零すシノの、血のかかっていない部分に手を添えて、バスルームに案内してやるロビンや、ナミのサンジを見る視線は異様に冷たい。
久しぶりに会った仲間に向ける目ではなかった。


「人に向かって鼻血を噴射するなんて…信じがたい行為だわ」

「サイテー……」


レディを愛する為に生まれてきた男の中の男は今、そのレディ達から蔑まれている事も知らずに失血のショックで意識が無かった。


「災難だったわね…さ、行きましょ」


ロビンに優しく促されて、シノはこくりと頷いた。
まだ出発したばかりなのに、2年ぶりの冒険の始まりなのに、頭から鼻血を引っかぶるなんて本当に災難である。
2年間サンジの身に何があったのかは知らないが、これはひどい。
特にシノは能力の性質上、神出鬼没である。
女性に対する免疫が極限まで低下したサンジが、突然近くに現れた彼女を血まみれにしてしまったのは、けして故意などではなかった。
去って行く哀れな管制官を見送った船医は、既に無くなりそうな輸血パックを取り付け、グッと蹄を女性陣へと向ける。


「サンジの為にもだけど…シノ達はあまりサンジに近寄らない方がいいな。リハビリが必要だ…!」

「頼まれても近寄らないわよ」


鼻血まみれにされてたまるもんですか。
シノの二の舞はごめんよ、と素気無い航海士に、チョッパーは気まずそうに「う…うん…」と頷いた。


(サンジお前って奴は…!)


一体何があってこんな体質になってしまったんだろう。
船医の目は、不憫な者を映してうるうるしていた。


美しい海底の様子を堪能する間もなく、お風呂に直行する事になったシノはというと、服の血を落としながらフランキーの言う恩人の話を聞いていた。
身体はともかく、服についた血がなかなかとれないのだ。
こんな事で能力を活用する空しさをを感じながら、シノはぬるま湯と水に浸した服に、微弱な音波振動を流す。
すると仄かな振動と、シノ自身の手の動きでブブブブ、と電動ブラシように汚れを落としていく。



―――シノがこれまでいた島は、音を集約する国『コレクトート』。
世界中ありとあらゆる音が集められ、研究していたその国で、シノは今まで聞いた事もないような様々な音に触れていた。
”オトオトの実”という、彼らにしてみれば垂涎の的である能力を宿したシノは、目が覚めたとき、目をキラキラどころかギラギラさせた研究者たちに取り囲まれ、危うく国を滅ぼしかけたが、今では良い思い出である。
”フレア”系のような、超振動で爆発させるだけではなく、こういった微調整をきかせれば、汎用性が更に高まる事を教えてくれたのも彼らだった。



「よし!あとは渇くまで……ん?」


他にも魚人島へ向かう船はあったが、やけにこちらを狙ったような進路の船がある。
丈の短いバスローブの紐をキュッと結びながら、シノは音速移動で甲板に出た。


「ねえ皆!こっちをまっすぐめざしてくる船があ」


ブシャアアアアアッ!!


「ぎゃーーーーっ!!!!?」

「「「サンジーーーーっ!!!?」」」



悲劇は繰り返された。


いきなり目の前に現れた為、サンジの目はバスローブから覗く谷間や、曝け出された太ももから目を逸らす余裕も無いまま、ガチで目撃してしまっていた。
釘付けになった目線の向く先は無論、鼻血の方向と同じである。
通常のものと違い、打ち上げる勢いで噴出した鼻血は重力に従う事無く、2年ぶりの女性へ再度降りかかったのである。
そして気絶。
責める間もなくブラックアウトしていくコックに、シノは恥も外聞もなく泣き叫んだ。


「うわああああああっ!!!サンジの馬鹿ァああああっ!!!!」


そんなカオスな船に襲い掛かったカリブー達などそっちのけで、シノはバスルームに逆戻りする事となった。
幸先は、非常に悪かったといえる。



またしても風呂に入りなおしたシノが、まだ少しだけどんよりとした雰囲気を引きずって甲板に戻ると、何やら見知らぬ気配が…



「……何こいつ」


知らない人には容赦ないシノの拳が黒い色を纏い、たんこぶ作ってふしゅーっと煙をあげるカリブーの頭の上にあった。


「げっ」

「こいつさっきの…!?」

「潜んでやがったのか!」

「でかしたシノ!ちょっと待ってろ」

「?」


フランキーによって厳重に樽詰めされているカリブーの姿が見えなくなると、シノは嫌そうだった顔を標準まで戻して瞬きをした。
暗くて目立たないが……ひいふうみ…頭数が足りない。


「何か減ったね…?」

「何かじゃねェよ船長だよ!!っとあと2人ィ〜〜!!この海底で逸れちまったんだよォ!!!」

「シノ〜〜!!ルフィ達を見つけてくれェ〜〜!!」


のんびり首を傾げるシノを怒鳴りつけながら、泣きつくウソップとチョッパー。
シノは「ああ…」と頷いた。


「寒い……ウソップ、コート」


身震いしたシノは、ウソップのコートをくいくい引っ張った。


「お前自分のは…ってコートじゃねェよ!!!マイペースか!?3人漂流してんだよ今ァッ!!?わかってるゥッ??!!」


涙と鼻水、目玉まで出してコートを死守するウソップの抵抗も空しく、ムッと口をへの字にしたシノに力負けした。
2年間、あんなに頑張ってムキムキになったのに…。

剥かれて「おわっ!?」っと転がったウソップから奪ったコートを羽織り、ひと心地ついたシノがほっと頬を緩める。


「湯冷めは良くな………ん?ナミ!!すぐに進路変更して!流れに乗った前方に海底火山!!」

「何ですって!?」

「火山ってあいつら大丈夫かなァ!?」

「火山の方に人の形はない!とにかく火山を避けて…!」

「おう!まかせろォ!」


舵をきり、ちょっとだけ”風来(クー・ド)・バースト”で流れを避けるサニー号にも、火山の熱が伝わってきた。
船の気温も高くなり、奪ったコートをさっそく脱いだシノは、それをウソップに無言で差し出した。


「勝手か!?ってうおわあああっ!!」


火山が噴火し、衝撃がサニー号を揺らして攫っていく。
困難はそれだけにとどまらなかった。
サニー号を餌と見た海底生物達が襲い掛かってくるのを避け、時には追い払って進んでいくと、シノの索敵網に暢気な3人組が引っかかった。
シノはすぐに3人組に声を飛ばした。
船の方から迎えに行くのが一番かもしれないが、このまま合流するとまた別の、噴火間際の海底火山に近づいていく事になるからだ。
ナミにもそう伝え、一味は比較的安全な場所で落ち合うよう進路を変更した。
本来なら互いに落ち合うだなんて事、船から放り出された人間に出来るはずもないが、都合のいい事に、ルフィ達はスルメという巨大タコ?クラーケン?に運んでもらっているので楽勝だ。
むしろ船より早く進んでいる。
合流した後は、スルメに船を引いてもらったおかげで随分楽に魚人島まで辿り着けた。
スピードは勿論の事、余程大きな海獣でない限り、スルメを怖がって近寄っても来ない。
”風来(クー・ド)・バースト”で空気の消耗も多かった事を踏まえれば、スルメがいなければどうなっていたか。


「スルメ…偉い!」

「だろ?」


強くて役に立つ動物への尊敬と、賞賛の目でシノの目がキラキラしている。
最初にスルメに目をつけたルフィは、得意げで、実に嬉しそうシノと肩を組んだ。
主と認めたルフィと、彼と同等っぽい仲間にとろけそうな目で見られたスルメは、たくさんある足の内の1本で、照れくさそうに頭をかいた。
賢い子なんだなァ、とシノがにっこり見上げていると、先ほどぞんざいに扱われたばかりのウソップが渇いた笑みを浮かべる。


「その優しさ…?敬意…?おれもちょっと欲しーいなーァ……」

「何ふてくされてんだ」


何を当たり前の事を、みたいな目で見てくるゾロに力なく頷くウソップは、変わったようで変わってない人見知り(※一部例外(動物)あり)を実感し、しみじみと肩を落とした。
相変わらずで何よりだ。
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