HIT企画

□ハルマゲドンin松野家
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玄関でハイヒールに足を入れているのは、いつぞやトド松が働いていたスタバァに立ち寄りそうな、ピンと聳える華奢な背中だった。
高級感のあるシャツは項で襟が立っていて、おそらくこれもまたブランド物なのだろう。
シャツを入れたタイトスカートは同色のベルト付き。
正面の丸いバックルの少し上で、シャツに引っ掛けたサングラスが少し揺れた。
「じゃあ行って来る」と告げて、ガラリとボロい玄関を出て行く黒いピンヒールには、靴底の赤が映えていて、まるで海外のキャリアウーマン
もかくやといった雰囲気だ。
それに対しトド松は「い…いってらっしゃい…」とかろうじて口にした後、ピシャリと閉まったすりガラスの戸に向かって呟いた。



「………どうしよう……うちの妹がカッコいい……」



我が家の天上人を見送った末弟は、しばし呆然と佇んでいた。

いつもの、妹の出勤風景である。


妹の会社は在宅で持ち帰る事の出来る仕事もあるのか、出勤自体は通常のサラリーマンと比べて格段に少ない。
平均週2日程度しかない妹の出勤に、兄達がかち合う事はもっと少なかった。
何故かというと、朝の10時で『早い』と言って起きぬけの目を擦るようなニート達だからである。
なので時々こうして、自分達のような暗黒大魔界糞闇地獄カーストのどんじりとは月とスッポンな姿を見せられるたび、多少の差はあれど、6人もいる兄達はどれも皆、圧倒されてしまう日々だ。
そんなちょっとした日常のひとコマの朝が過ぎ、昼が来て、夜になって…一体家の誰が思っただろう。

いつもと同じように出勤していった妹が。
あの超絶人見知りで、コミュ症枠では兄弟中最も闇松と近いと見なされていたあの妹が。
うちの最終兵器ターミ○ーター妹が、まさか―――



「―――夜分に失礼する」


「「「「「「(目つき最悪の勝ち組っぽい男連れてきたーーーっ!!??)」」」」」」



六つ子の顔面シンクロ率は、400%を越えていた。
どっかの人造人型決戦兵器だったら、溶けて同化し、液状化していた事だろう。
初対面のイケメンの顔が引いているのもおかまいなしに、松代は彼を居間へと案内する。


「何もございませんけど〜オホホホホ…!」


複雑な顔で、突然現れたモンスt…じゃない、謎の外国人風の男の出方を窺う松造も放って、母親は将来性ありそうな将来の義息子にニヤつく口元をわざとらしく隠し、急遽出前をとった寿司の前へと席を勧めた。



母曰く「会わせたい人がいるの…」と妹が連れてきたらしい男は、六つ子が逆立ちして束になっても敵わなさそうな強敵だった。




―――さて。
この松野家に訪れたハルマゲドン(22歳:外国人:性別イケメン)についてだが、説明するには少々長く、時を振り返らなければならない。


まず最初に、シノが連れてきた彼……トラファルガー・ローはというと、前世とまったく同じ名で、シノと同じく記憶を持ってこの世界に転生していたらしい。
彼は今生ではイギリス生まれのようで、どうやら両親や妹もまったく同じ人のようだった。
早くに家族を亡くした彼の事情を知っていたから、話を聞いたシノは何だかホッとしたような気持ちでそれを聞いていた。
しかし、どうやら家族は前世の事は何も覚えていないらしく、そもそもローのようにあの世界から転生してきたかどうかも疑問のようだった。
その疑問が解決される事なくローは20数年の時を経て、今日まで生きてきたわけだが、その間自分と同じように転生してきている誰かがいるのではという考えにも勿論至らなかったわけではない。
ただ、記憶などなくとも家族は家族であり、ローはこれまで家族以外に前世に接点があった人物とは出会わなかった事もあって、特に気にしてはいなかった。

テレビで、ネットで、街角で、シノの歌が聞こえるまでは…


当時イギリスからアメリカに留学した後、飛び級で学位を取得し、博士号もいくつかとっていたローは、卒業後も、前世では存在しなかった医療機器についての研究をするため、M.I.T(マサチューセッツ工科大学)に籍を置いていた。
そのときふと聞こえた歌声は、大都心の雑踏の中でもすぐにわかった。
ビルの壁面の大型画面に映る姿こそ、へんてこな殺人鬼みたいだったが、あの声、体格、仕草の何もかもが、ローが以前何十年と連れ添ったパートナーに間違いなかった。
駄目押しに”HEART”という芸名。
ローはすぐさまネットで彼女の事を検索したが、わかったのは事務所の名前までだった。
彼女個人の情報はまったくの非公開で、厳しい情報規制がなされていた。
このIT社会で素性を隠そうとするならば、あのへんてこな衣装だけでは足りないはずだ。
事務所のガードが固いとかそういう基本的な問題じゃなく、これは大きな後ろ盾があるとピンときた。
だとすると、事務所の場所を調べて日本に飛んだとしても、おそらくシノに辿り着くまでかなり険しい回り道になると思ったローは、以前通りすがりで命を救った男に連絡を取った。
その男は今ではペンタゴンの職員となっており、借りを返せと脅…迫ったところ、まだ何もしていないのに、非常に衰弱した様子で了承した。
拷問されても機密情報を漏らさないはずのエージェントとしては失格だが、シノの手がかりが掴めるのならば何でもいいと割り切ったローの元へ、男が再びコンタクトをとってきたのは13日後の事だった。
衛星の情報を駆使すればもっと早くに特定できたのではないのかと眉を顰めたローに対し、男は歯をむき出しにして怒鳴った。


「そうは言うがね!!聞いてなかったからしょうがない!お前知ってたのか?あのフラッグコーポレーションがバックボーンなんだぞ!?」

「知らねェ」

「こっちじゃメジャーじゃないが、一部では有名な企業だよ!!あのセキュリティを突破するのに一体どれだけ苦労したと思っているんだ!?
しかもバレたらおれはクビだ!!」

「……」


ぺらりと紙をめくる音に、男はよりいっそう表情を歪めた。


「無視かよ!?」


渡した封筒もいつ開けたのか。
男の話を右から左に、ローは真っ先にシノの情報を読んでいた。
すごく苦労したのに、おざなりに扱われた男への礼は「感謝してる」の言葉だけで。
それだってローにすれば礼儀正しい方だった。
例え目が資料に釘付けで、男の方をちっとも見ていなかったのだとしても。


※良い子の皆は人と話す時には相手の方を向こう。



―――という感じで突き止めたのが、事務所の秘密の入り口だ。

それはシノ専用の出入り口で、事務所のロビーを通らず、裏口すらすっ飛ばす、まさに抜け道だった。
事務所のビルから2ブロック程の距離にある地下立体駐車場で、誰も知らない特定のナンバーを利用し、そこから隠し通路で近くの倉庫に出て、更にそこから秘密の地下の専用通路を通り、シノ用に増設した別の事務所に辿り着くという寸法だ。
しかも通路には各所に関所が設けられており、顔認証とパスコードを入力しないと通れない仕組みになっていて、監視カメラも設置されている。
セキュリティは鉄壁だ。
別事務所にはスタジオだけではなく、ジムやレストルーム、レストラン、スパまであり、およそ仕事や気晴らしなど、全てがそこで賄える仕様となっており、シノは仕事の際、基本的にそこを出る事は無い。
ちなみにスタッフや施設内はすべてフラッグコーポレーションの全面協力によって運営されているので、さしもの社長ですら全容を把握していない程である。
おそらくローがそこへ行こうとしたとして、シノ用の別事務所への侵入は困難と見られる。
尋ねていく事すら難しそうだ。
受付すらないのだから。
では社長など、本来の事務所の人間はどうやってシノの仕事に関われるのかというと、社長専用の出入り口も別にある。
社長室から専用の隠し通路があり、社長から認められたごく一部も出入りを許されている。
しかし結局その隠し通路にもパスコードやカメラがあり、社長以外はコードを知らず、フラッグコーポレーションの者(マネージャーブラザーズ)が入出の管理をしているので、侵入は難しい。


マネージャーは運転手も兼ねているが、彼女の送迎には細心の注意を払っていて、いつも決まった道を通らず、フラッグコーポレーションによって、秘密裏にいくつも作られた地下通路を抜け、けして尾行させない徹底振りなのだ。
一体何者だフラッグコーポレーション……?と苛つくローはまだ知らなかった。
そこのトップ、ミスターフラッグが、わりとくるくるパーであるという事を。


…というわけで数日間、ローはペンタゴンの情報にあった地下通路(全てではない)の入り口のひとつが見渡せるカフェのテラス席で、シノの乗った車が通らないかを監視していた。
そしてついにローがシノを見つけたとき、彼女もまた、ガラスの向こうでローに気づいた。

車が止まり、2つの影が重なった。
数十年の時が巻き戻り、時が止まってしまったかのように2人が感じている間、目撃したマネージャーの眼鏡が粉々に砕けた。
原因は不明だが、彼の魂もまた、砕け散った眼鏡のような状態ではあった。


やがて抱擁を終えた2人が、どこか落ち着いて話せる場所をと思ったとき、シノが自分専用事務所を提示したのは当然の事である。
外部からの接触がまるでなく、人目を気にせず語らえる。
正気に戻ったマネージャーが、フレームだけになった眼鏡で叫ぶ。


「そっ…その男も連れて行かれるのですか!?」

「うん」

「しかしあそこは…!!」

「ローだから」


未だかつて…かつてのマネージャーの上司であったハタ坊にでさえ、彼女はあんなに無防備に心を開いてはいなかった。
彼女の唯一の友人であったはずなのに。
ショックのあまり、口も目も開けたまま愕然とするマネージャーは見てしまった。
今度はフレームからネジが飛び出て落ちた。
片方のつるだけがひっかかったマネージャーの目には、ローだから、との言葉でシノの手に指を絡めたローの手を握り返すシノの指がしっかりと映っていた。


「…こいつ大丈夫か?」

「いつもはちゃんとしてるんだけどな」


しゃーない。
シノは、今にも灰になってしまいそうなマネージャーを持ち、心得たローが後部ドアを開けた。


「私が運転する」

「ん」


動かなくなったマネージャーをさっさか後部座席に収納した前世の夫婦は、今でも息ピッタリだった。
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