HIT企画

□トラコトラコラト
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敦がその人と初めて会ったのは―――果たして”会った”と表現出来るかどうかは不明にしろ、彼女と初めて引き合わされたのは、探偵社の試験に合格してから少しの事だった。
小柄な身体にフィットする、シックなモノトーンのタイトワンピースにショートジャケットを羽織ったその人は、普通に探偵社に戻ってきた風で―――敦を見た途端、瞬時に消えた。


「え、」


見間違いか?とも思うが、それだとひとりでにドアが開いたという事になる。
キョロキョロとあたりを見回す敦の肩を、ここ最近見慣れてきつつある包帯だらけの手が叩く。


「おやおや敦君?何をそんなに挙動不審にしているんだい?」

「ヒッ!?だっ太宰さん!…脅かさないでくださいよォ…」

「ごめーんごめん!」


言葉と表情が一致しない太宰の謝罪はさて置いても、いきなり背後に忍び寄られるのは心臓に悪いので本当に止めて欲しい。
胸を押さえて背を丸めた敦の目に、国木田の後ろにチラ、と見えたのは、先ほど目に入った黒。
つられて行方を探ってしまう目を、乱歩のケープが覆い隠した。


「ぶあ!」

「ダメダメ〜!そんなじゃシノが出てこないだろ?」

「乱歩さん…」


ちっちっちとでも言いたげに、乱歩が立てた人差し指が左右に動く。
そしてすぐにくるりと回れ右すると、まるで子供のように年齢に合わない歩き方で国木田の後ろに突撃していった。


「遅いよシノ!!お土産は?」

「無い」

「お疲れ様でしたシノさん」

「ん」

「おい太宰!!いい加減シノさんの手を煩わせるような真似は控えろと言っているだろう!!そもそもお前は探偵社に入ってどれだけ経つと思っているんだ!?新米は敦だけで充分だというのにいつまでも先輩に手間をかけさせおって貴様いい加減その放浪か徘徊かよくわからん癖を治せと俺が何度言ったと「敦君紹介するねー?彼女はシノさん。探偵社の古株でね。少々人見知りだがとても有能な女性だよ」

「は…はぁ……」


既に国木田の説教はBGMとして、クドクドガミガミで処理されており、それすら太宰の耳に入っているかどうか不明である。


「太宰!!!!」

「シノさんは素敵なひとだよ。私がどこでどんな自殺をしようとしていても、たちまち見つけてくれるんだ」


そういえばこの人ってよく姿を消すもんな。
舞台俳優っぽい大げさな仕草でキラキラとシノを讃える太宰を見上げる敦は、もしかして探し物が得意な異能の人なのかな?と考えた。
しかしその人は、相変わらず敦の視線を感じた途端、隠れてしまう。
いい大人にしてはあからさま過ぎる人見知り具合に、嫌われてるわけじゃない…んだよね?と不安になる敦をよそに、シノの口ぶりは至って冷静に、太宰のテンションをホームランでかっ飛ばした。


「国木田困ってたから」

「この可憐で小さな手の温もりが…いつも私の冷えた身体を温めてくれるんだよ」

「(温度差すごいな…)」


かたや乱歩の方を見て「聞き分けの無い事言わないの」と、お菓子など無いのだと突っぱねるシノ。
そして太宰は彼女のその、小さな手とやらを両手で包んで、熱心に歯の浮きそうな事を言っている。
これも太宰からの紹介の一部なのだとしたら、一応聞いておかねばならないのか。
あまり聞きたくもないのだが。


「この徘徊老人のような男をこの世で唯一、いつ何時であろうとも捕まえられる女性(ひと)だ。こんな奴を相棒にしてからというもの、俺も数知れず世話になってきた…!」

「何か実感こもってますね…」

「この探偵社の頭脳が乱歩さんなら、彼女は空中要塞のような女性だ」

「は…はァ?!」


肉体の一部からいきなり例えが飛びすぎでは……と思う敦を見下ろす国木田の目は、本気だった。
眼鏡のフレームを直した事で、冗談の色など微塵も無かった目が逆光で隠れる。


「およそ死角の無い秀でた女性ではあるが、人付き合いには非常に繊細な方なので、お前も弁えて接するように」

「は…はい……」

「もーやだよねェ国木田君でば。女性を例えるのに要塞とかさァ〜〜無いよね〜〜?」


まあ、それには賛成だけども。
こそこそと声を潜めても、聞こえる程度に悪態をつく太宰に向かって、また国木田の怒号が飛んだ。




「……ところで太宰さん」

「ん?」

「何か…臭うんですが……磯の香りのような生臭さが……」

「ああ!それは私だよぉ〜!!さっきまでドラム缶で海を漂ってたんだー」

「ええ…!?」


そりゃ冷え切っていた事だろうよ。
敦はトレンチコートに染みこんだ臭いから即座に顔を逸らした。
背中に乱歩をくっつけたシノが、おんぶおばけになった乱歩をものともせずにシャンと背筋を伸ばして歩いた先は給湯室。
水の流れる音がして、拭いたばかりの手を軽く揺らしたシノ(と乱歩)が出てくる。
太宰に触れた彼女も、磯臭いのは嫌だったようだ。


「あ…」


敦がずっと物珍しげに見ていたからだろう。
とうとう敦を無いもののように扱っていた彼女との視線が一瞬だけ合って…でも、すぐに顔ごと逸らされて。
代わりに乱歩がこっちにヒラヒラと手を振っていた。
それに力無く振りかえしていた敦を、国木田が呼ぶ。


「敦!!この汚れと塩の染みこんだ奴をどうにかしてこい!!着替えるまで絶対に席に座らせるなよ!!」

「はっはい!!!…………はい……」

「やだなー国木田君でば。口煩いんだから〜私も今そうしようと思ってたんだよ。ね〜敦君」

「ソウデスネ…」




「―――気になる?あの子だよ。災害指定猛獣君」

「……てっきり虎が来るものだと」

「人間で残念だったねーフフフ!」


ちっとも残念そうじゃない顔で、残念がるシノを「よーしよーし」と撫でる乱歩は実に楽しそうである。
異能を持つのは何も人だけとは限らないし、元が人でも、力を使いこなせないのなら、もしかすると虎のまま会える可能性もあるかも、というシノの淡い期待が裏切られる事をわかっていて、この男は。


「だって落ち込む君も好きなんだからしょうがない」

「そういうとこ、太宰と似てるね」

「え〜!?そうかなァ〜?稀代の名探偵に向かって他者との類似を指摘するだなんて、非凡さの否定にも繋がる侮辱じゃない?」

「そういう屁理屈こねるとこも追加ー」


また大きくブーイングしてくる乱歩をかわし、シノは何度となく思った事をまた思う。
だからきっと、彼の事もつい気に掛けてしまうのだと。
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