HIT企画

□ならないセピア
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大海賊時代とはなんぞや?とばかりに、再び現代日本に生まれたシノは、自分の知る現代ってこんなだっただろうか…?と首を傾げる幼少期を過ごしていた。
生まれた年代が以前より少し早かったせいか、景気はいいしパソコンはでかいし、変な生き物はいるし―――最後のは関係ないか…?


「ケケケケッ!うまそうなガキだぜ!」


動物でも怪獣でもないが、三下なのだけはよくわかる不思議生物は、どうやらシノ以外には見えていないようだった。
それに気づくまで結構時間がかかったのは、皆やっぱこんなの無視するよねーという納得が先立ったせいと、シノ自身が他者との交流を求めなかったせいである。
普通の女児であれば、友達と遊んでいる時なんかにこんな三下化物(?)に舌なめずりされたらビビッてギャン泣き必至だろうが、シノには生憎と、仲良しな友達もいなければビビる可愛げもなかった。
人見知りの業や深し。
化物は正当防衛で無言のオラ!がお決まりの流れとなっていた。
オトオトの実の能力が使えないのは実に不便だが、覇気が使えるのは大変ありがたい。


両親は以前の両親と同じ名前だったが、住所は違った。
遠い昔の記憶なので曖昧な所も多いが、少なくとも、皿屋敷とかそんなホラーちっくな地名を地元にした覚えは無かったので、やはり少々違った世界なのだろう。
今日も1人でテクテクと、赤いランドセルを背負って小学校へ行くシノのテンションは最悪に低かった。
まだ低学年でありながら、さっそく1人孤立しだしたシノは、これを理由に保健室登校かーらーの、不登校を決め込もうとしていたが、それは見事に撃沈。
未だスパルタ教育なんて言葉が居残るこの時代、保健室登校だなんて発想から新時代。
大人の理解が貰えなかった平成ぼっちは、学校行け!と教師からも親からも口煩く言われてしまう日々。
そうやってしつこくうるさく付き纏われるくらいなら、教室で1人ボーっとしている方が幾分かマシだった。
シノの知る現代程人間が捻くれていないのか、直接殴る蹴るなどのいじめはあっても、陰湿ないじめはあまり無かったというのもマシな要因のひとつだ。
その一つ一つを返り討ちにしていくうち、自然と不良っぽい一団からは一目置かれるようになり、それに追従するように、女生徒からのこそこそした嫌がらせも、年をとるにつれ無くなっていった。
舎弟っぽいのが時折現れたり、中学生なのに煙草や改造バイク勧められたりするのは丁重にお断りしているにも関わらず、そのせいで自分まで不良扱いされるのはどうかと思うけど、人が近寄ってこないのはとても良い事である。
なのに、相変わらず三下化物…というか妖怪?は後を絶たない。
うんざりするシノの前に、ある時着物で櫂に乗る女性が現れた。


「霊界探偵にならない?」


―――当然、無視。


だが、女はしつこかった。
アタッシュケースを開いて出てきたモニターに映る、おしゃぶり銜えた幼児もしつこかった。
正直、そんなに育っててまだおしゃぶりしてんのかよ、と思った。
思ったけれど、相手にしたくなくて言わなかった。
ひたすら無視する回数が両手でも数え切れなくなった頃、今度はやけにしゃんとした老婆が現れた。


「シノってのはお前かい?」


―――やはり、無視。


か弱い年寄りが困っているとか言うのなら、手を貸す事も吝かではない(無論、極力目線も言葉も交わさぬように、の注釈がつく)が、相手はそこらの不良より態度でかくて、只者じゃなさそうな老婆である。
しかも名前まで知られているとなると、最近しつこい、あのおしゃぶり組織の怪しい勧誘業者と繋げて見るのは当然である。
競歩並みの速さで逃げるシノに対し、老婆も負けていなかった。
やはり只者じゃなかった。
住宅街を仕切る塀に飛び乗り、同じ要領でまたその家の屋根に飛び乗り、家を挟んだ反対側の道へ飛び降りたシノ。
あとは適当に身を隠せば見失うだろう、と膝を伸ばした時、シノの横を鋭く横切る何かがあった。


「待ちなと言うのが聞こえなかったのかい!」

「!」


その後も立て続けにこちらへ飛んできたのは、老婆がその場で拾った石の礫だった。
最初のはどうか知らないが、次から次へと飛んでくる石はシノを横切るどころかドンピシャで狙ってきていた。
確実に当てる気で投げている。


「…っあのおしゃぶり…!!」


初対面の女子中学生を殺す勢いで追ってくる山姥ばりの老婆への怒りは、彼女を差し向けた閻魔の息子にも向けられる。
この時、霊界の執務室でコエンマが背筋を寒くしたとかしなかったとか……ただし誤解でもなく、コエンマが老婆、幻海を差し向けたのはズバッと大正解だったので、正しい矛先とも言える。

その間も、絶え間なくコンクリートに落ちていく石は、バウンドする事なく、地面を抉っていた。
黒く染まってはいないものの、それが武装色の覇気と同様に何らかの力が込められたと察するには充分な光景だった。
老婆を強くねめつけたシノは、この元気すぎる老婆が案外理性的である事にも気づいていた。
石の標的はシノでも、その先を考えて投げている為、地面や電柱、塀は所々ボロボロだが、そこらにある民家にはけして当てていないのだ。
死と隣り合わせの冒険を生き抜いた肉体とな違い、今のシノに以前ほどの身体能力は無いが、ここで対応を間違えると今度はもっとひどい山姥が送り込まれて来るかもしれない。
仕方ない。


シノは通学鞄を老婆のいる方へ全力で投げた。
元々黒に近い皮の鞄は、真っ黒になって石に負けない勢いで老婆に迫る。
いきなり踵を返して投げられたそれに、老婆は目を見張りながらも避けて見せた。
そこへ横薙ぎに蹴りを入れると、感触でガードされたのがわかった。
蹴られた方向へ吹き飛ぶ小柄な身体に向かって飛び込み、身体全体を使って打撃を入れていくが、決定的な一撃にはなっていなかった。
音速移動さえ出来ればこうも容易く…いや、シノの身体能力が格段に落ちているのも悪い。
老婆が本気かどうかはさて置き、この攻防は老婆の経験値をシノに教えるには充分だった。
それは老婆、幻海にとっても同様で、シノが戦い慣れしていると直ぐに見抜いた。
若いくせに、この年の頃の自分より動きはいいかもしれないとさえ…


(…だが若いわりに瞬発力が先に来ない…というより肉体が追いついていない印象だ。まるで今のあたしのように)


幻海は面白そうに、その口角を上げていく。
少々皮肉げな、彼女の性格を思わせる笑みだった。


「いいじゃないか」

「?」

「おっと…!ここまでにするよ」


そう言うと、幻海はスッと身を引いて後に飛んだ。
ひとまず止んだ攻防に、シノもその場で動きを止める。
石を投げて殺しにかかってきた山姥を行動不能にし、取り押さえておしゃぶり組織の目的を聞き出そうと反撃に転じただけで、息の根を止めたいわけではない。
昼間の住宅地にだってまったく人気がないわけじゃないし、目撃されても面倒だ。
シノが幻海を理性的と評したように、幻海もまた、シノに聞く耳を持つ賢さはあると感じた。


「信用ならんかもしれんが、ついといで。悪いようにはしない」

「……」

「お前さん、霊能者の知り合いも、師事する者もいないんだろ。なら知らない事も多いはずだ」

「…?」


霊能者?――――……胡散くさ……


前世あれだけ悪魔の実だの巨人だのと不思議がいっぱいな世界にいたくせに、シノの顔が急速に、世に言うチベスナ顔になった。



「ワア…ヘエ……ソウナンダ……」


「はァ…信じられない気持ちもわかるがね…」


仕事柄、幻海はこういった霊力や妖怪といった事象に不慣れな者からの対応も多いのだが、半信半疑で相談に来る者とはまた違った厄介さだ。
幼い頃から妖怪に殺されかかって育ったせいか、内向的で他者との交流を拒みがちと、コエンマ達から聞いてはいたが、それにしてはやけに明け透けな娘である。
疑り深い子供は、得てして可愛げのないポーカーフェイスを気取りたがるものだ。
擦れていないに越した事はないが…ため息を禁じえない。
拾った鞄で顔した半分を隠し、幻海と目を合わせようとしないシノは、通り魔の山姥が通りすがりの悪質業者だと思い出したかのように片言になっている。
人見知り、一世一代のスマートなお断りをしようと必死だった。


「スイショウ…ジュズ…オフダイリマセン……」

「売りつけやしないよ…いいから来な!あっコラ馬鹿逃げんじゃないよ!!」


しかし当然の如く、最低限の言葉だけを発して離脱しようとしたシノを、幻海は青筋立てて追いかける。


弟子と師の出会いは、最悪の形で幕を開けたのだった。
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