HIT企画

□ならないセピア
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何とも物騒で胡散臭い出会いではあったが、そのおかげでシノはやっと「あの三下やっぱ妖怪だったんだ…」と知り、師となった幻海には大いに呆れられた。
精神を病んでいないのは結構な事だが、それにしたって図太すぎやしないだろうか。
なんて思ったり愚痴ったりしつつも、幻海はわりとこの弟子を気に入っていた。
素直で人嫌いで何事にもある程度器用なシノは、広大な土地と屋敷を1人で管理している偏屈な幻海とは不思議と相性が良かったらしい。
懐けば仕事も嫌がらないし、生活全般の雑事は子供とは思えないほど器用にこなす。
偏屈な師匠にとって弟子の図太さは歓迎すべき事でもあるし、何より過去、高名な幻海の弟子になろうと己を売り込んできた者達より余程骨があり、余計な媚や欲、浅ましさが無いのは大変よろしい。



コエンマから幻海への依頼は、あわよくば霊界探偵に育て、もしそれが叶わぬのならば、どちらに転ぶとも知れぬ”力”を正しく導いてやってくれというものであった。
妖怪が見える人間は非常に少ない。
命を狙われる恐怖と理解を得られぬ孤独を抱えた人種というものは、人格にもまた問題を抱える事が多い事を、幻海はよく知っていた。
幻海としては元より、霊界を尊重して無理に霊界探偵として仕立て上げるつもりなどないし、コエンマもそれは重々承知であっただろう。
度重なる勧誘失敗と頑なさ、一匹狼具合から、若干の悲劇的勘違いを経て、シノは幻海へと託されたというわけである。


こんな事情で幻海の一番弟子という肩書きを得たシノは、霊力の扱い方を学ばせようと修行を受けた。
霊気を操るというのは、人間の内に秘められた能力を使うという点においては覇気とほぼ同じらしく、シノは基礎的な修行は一度でオールクリアだった。
しかし霊気を集中して大きく破壊力を生む…となると武装色、霊感を研ぎ澄ませと言われれば見聞色というように、どうも霊力を使った独自の技として幻海は”覇気”を判断したようである。


「おそらくあんたはガキの頃から妖怪を倒すうちに、自分で自分のスタイルを確立しちまったようだね。癖にしちゃ強すぎる癖だが」

「(霊力を集中〜って言われても、どうしても覇気になっちゃうんだよな…)」

「こりゃあたしの霊波動もどうなるか…」

「?」


肩を落としていたシノは、優秀な弟子の思わぬ落とし穴に思案する幻海を見て、数度瞬きをした。
既に覇気として完成された力、技に対し、幻海の霊光玉が受け取れるかが問題だ。
霊気と覇気が液体だとすると、もしかするとその質は水と油くらい違うのかもしれない。
霊光玉の継承は、そうでなくとも命を賭した一大事。
自分の身体に、無理矢理他人の血肉を受け入れるようなものだ。
もしシノにとってそれが血肉ではなく、毒や無機物ならば、継承したとて身を滅ぼすか、運良く継承出来ても身にならず、ただの持ち腐れとなる恐れもある。
やっと後継が見つかった所だったのに、とんだ落とし穴だった。
これは深く見極めなくてはなるまい。


幾年かが過ぎ、幻海はシノを継承者から外すという苦渋の選択をした。
シノの覇気は妖気でこそないものの、おそらく聖光気のような霊気に基づいた派生的な力だ。
長い歴史の中でも事例がなく、前例が無い。
背水の陣で一か八かの賭けに出て、九死に一生を得なければならない状況ならともかくとして、そうでないのなら、危険を冒すべきではない。
実験の代償は命かもしれないし、それだけで済むかどうかもわからないのだ。

死期も近いだろうと、そう切り出した幻海に、混ぜるな危険扱いされたシノはやはり、肩を落とした。
様々な教えを受け、シノを扱いあぐねた今生の親よりずっと親身に接してくれた幻海の期待に応えられなかった事が申し訳なかった。


「しょうがないよ。コエンマがもう少し早く紹介してりゃ、一から育てられたかもしれないんだ。面倒だがまた弟子をとらないとね」

「えー…」

「グダグダ言うんじゃないよ」


申し訳なさそうだった顔を、一瞬で『他人、ダメ、絶対』になった弟子の頭をぺしん!と叩いた幻海は、最後の弟子をとるべく席を立った。

この時シノは18歳。
今生の両親はシノが扱いにくい子供だった事も一因だったのか、仲は冷え切っており、数年前に離婚。
その際に幻海の養子に入っていた。
やっと恩を返せると思ったところだったのに…としょんぼりしていたところで、シノははたと気づいた。


「…よく考えてみたら私に幻海みたいな霊関係の相談事を受けるなんて仕事無理だし…最初から無理だったかも…?」


なーんだ、あ、でも監視カメラ付きの部屋とかに案内して声だけで対応するとかなら……とかブツブツ言うシノは、実力だけなら優秀文句なしなのだが、やはりというか今生でも、その人見知りが色々と台無しにしていた。
どう思う?と最近仲良くなったらしい野良猫と、縁側でお喋りしだしたシノを背に、幻海もまた「誘拐犯か」と一人呟く。
シノの言うように、よく考えたら霊光玉云々の前に、色々と考えるべき事はまだあったようだ。



そして迎えた新たな弟子というのが、浦飯幽助という自称超不良である。



「っだァーーーっ!!無茶苦茶やりやがってあのババアーーーおお!!飯!!」

「……」


弟子決定戦は勿論の事、修行に明け暮れる幽助にすらその姿を見せずに過ごしていたシノのもとへ、匂いにつられた幽助がフラフラとやって来たかと思うと、シノが作り終えた夕飯に目を輝かせた。
料理に釘付けになってから、ようやくシノの存在に気づきましたという顔をして、幽助は「お前誰だ?」とシノを指差した。


「不良っていうより不躾だな…」

「あァ!?」

「同感だ」

「ババア!!」


いつの間にかヌッと背後から姿を見せた幻海に大げさに驚いた幽助を置いて、幻海に目線で問うと頷かれたので、幽助の分の膳も用意する。


「一応お前の姉弟子にあたるシノだ。楯突いてもいいが返り討ちにあうからやめとけ。明日に響く」

「はァ?おれの他にも弟子いんのかよ!?」

「うむ。事情があってな」

「何だよ事情って!」

「飯は食わんのか」

「食う!!」

「……」


態度が大きいところは共通している師弟だ。
まだ結成1日2日だろうに。
シノはいきなり食卓に現れておきながら、足を開いて膝を立て、ガツガツと白米を掻きこむ弟弟子と師を眺めた。
目を合わせるのも、言葉を交わすのも時間がかかるが、観察、監視は最早性分になりつつある。
ああ音波化したい…。


「おかわり!!」

「…(こくり)」

「三杯目はそっと出すんだよ」

「何だそりゃ?まあ三杯目も食うけどよ!」


これは先に頭の方の教育がとか思っているんだろうな、と師の内心を的確に察したシノが空の茶碗大盛りについで返すと「サンキュ!」と子供っぽい笑顔が返ってきた。
態度も行儀も悪くて不躾な不良だが、シノはその素直さをよくよく感じ取っていた。


「……他も……おかわり、あるよ…」

「マジか!?」


元は幻海と自分用にと用意していた分を幽助にやり、シノの分として新たに揚げていたコロッケをやると、今度はまた空になったご飯茶碗を差し出す幽助。
勢いよく言われた2回目の「おかわり!!」は全然遠慮が無かったが、取り繕わない素直さは中々に気に入ったようだ。
味噌汁を啜る幻海も、思ったより早く慣れそうだと思いながら、ぱくぱくと料理を平らげていく。
こんな元気な年寄りなのに、死期が近いだなんて信じられない。
死期が近いという幻海の言葉を、周りが思うより重く受け止めていたシノは、それが病や天寿ではない事をずっと前から察していた。
霊界の言う死期とは”死ぬ予定まで”という話で、”自然に朽ちるまで”じゃない。
だからついて来いと言われた時も、素直について行った。
心配だったからだ。
この世で唯一かもしれない、心を許せるようになった人が、死にに行くのではないかと。


…それにしても、行き先が首縊島って縁起悪すぎないだろうか。
自殺しに行くわけでもないのに。
暗黒武術大会とかいう厨二くさい名前の大会に、幻海は5人目の浦飯チームとして正体を隠し、覆面として挑むと言う。


「何で幽助が代表なの?」

「古い知り合いがあいつをご指名なんだよ。その知り合いには縁があって出場するが、面倒だから正体は幽助とコエンマ以外には伏せておけ」

「おしゃぶり来るの?」

「多分ね」


口には出さずとも嫌なのを思い切り顔に出すシノ。
霊界探偵という職や出会い方諸々、霊界には未だ不信感抱きまくっているシノは、幻海が時々霊界テレビでコエンマと顔を合わせる時などは近寄りもしない。


「あたしにもしもの事があった場合、後はあんたに任せる」

「…もしもが無いように行くのに」

「無けりゃそれがいいがね。正体バレるから人前じゃあんまり近づくんじゃないよ」

「……!」


理解したシノの絶望は早かった。
見知らぬ群れの中でも、幻海の傍にいれば自分が誰かと直接的に対応する必要はないと踏んでいたシノは、足元が崩れ去る音を聞いた気がした。
音波化したい、切実に。
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