HIT企画
□02
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見知らぬ存在に囲まれて、慣れない人間の護衛。
ホテルの部屋でくらい1人になりたいと思えど、無遠慮に宴に引っ張り込む酔っ払いのせいでそうもいかず。
初めて会ったが、飛影という妖怪に少しだけシンパシーを感じてしまったのは内緒だ。
ストレス続きの毎日に、早く帰りたいと幻海の屋敷を思い浮かべる。
危惧していた事態は、すぐにやって来た。
幻海の死である。
遺体を見る目はどこかまだ夢心地のようにしていて、そこから止まる事無く流れ続ける涙が、シノの嘆きを物語っていた。
無言の嘆きを見下ろすコエンマの目が、悲しみの色をかすかに強くしていた。
明くる決勝戦。
幻海の死により、5人目を要求されるのは目に見えている。
シノは嫌々ながら衆目に曝される道を選んだ。
あんたに任せる、と言われたから。
「何だァ?浦飯チームはまた女かよ!」
「今度は本物の若い女だ」
「美味そうじゃねェか」
能力こそ失ったが、オトオトの実の能力の名残を色濃く受け継ぐシノの耳は常人よりかなりいい。
さりとて下劣な有象無象の言葉は、聞こえる耳を持ってしてもその奥にまで届きはしない。
人見知りはスルースキルが馬鹿高いのだ。
「幽助」
「心配すんなって飛影。…正直今の俺でも勝てるかわからんくれェには強ェはずだ」
「どの道姉ちゃんまでまわすこたァねェ!俺達だけで勝つつもりで来たんだ」
「フン…ならいいが。気がかりなのはその女よりも貴様だ」
「あんだとコラァ!?」
しれっと登場し、口も開かぬシノを見ていたのは戸愚呂チームのまた同じだったが、こちらも侮る意味合いが強かった。
「……あれが幻海の弟子か…」
「キヒヒ、所詮霊波動の継承には不適格だった女だ」
「霊力はまああるようだが…混ざり物のような霊力だ。あれで幻海の弟子とは期待はずれだな」
鴉が思ったように、会場に集まった妖怪の実力者達でさえシノは、ちょっと腕に覚えがある程度の人数合わせと見られていた。
それはシノが使うのが霊気というより覇気なせいだ。
まず、通常の霊気がオーラとして出てくるのに対し、覇気はそうではない。
武装色で黒く染まる事こそあっても、無闇に放出したり垂れ流したりするものではない。
霊気や妖気を悟る事に長けている者達の感覚が、『これは霊気だ』と感じるものと覇気とでは、少々勝手が違ってくるらしい。
同じく”身に宿る力”でありながら”モノ”が違うのだから、さもありなん。
そういった嘲りや侮る目は今に始まった事ではないので、今更気に留めるシノではなかった。
「何か隠し玉があるのか……さもなくばただの雑魚にしか見えん」
鴉の見解を耳にした蔵馬もまた、密かにそれに同意していた。
彼女の実力を無闇に当てにするより、4人で3勝をとるのがベストだと。
この時点で、シノは特に自分が戦いにでしゃばるつもりはなかった。
もし幽助が負けたら戸愚呂は自分が処するくらいの気持ちだった。
元々シノにとっては何の因縁も無い戦いだ。
それが変わったのは、戸愚呂兄の安い挑発と、これまでに溜まった鬱憤のせいである。
シノを見た時から若い女を甚振ろうという気満々だった下種は、武威戦で無くなった新しいリングが運び込まれるなり、シノを呼び込もうと己の片腕を変化さ、勝手に人形劇を始めた。
幻海の姿に変化させた片腕をもう片腕で嬲り、幻海の死を冒涜した上で、彼女の死を知らなかった桑原に精神的ダメージを与え、彼が動揺している隙にとシノを誘う。
「…俺だけ…知らなかったのか…?何で…!」
「、」
「おい!!」
「桑原君!」
自らもまた悲しみ癒えぬ青さが、幽助の言い分を仕舞いこむ。
問いかける桑原の視線を避けようとさえする幽助の態度に、辛抱出来なくなった腕が胸倉を掴んだ。
そうこうしているうちに、シノは黙ってリングに飛び乗った。
思い通りになった愉悦が、戸愚呂兄の顔をより醜悪にしていく。
「オイあんた!?」
「シノ…!」
「……出番とって悪いけど、ちょっと憂さ晴らし」
「くっくっくっく」
すぐそこに迫る、若い肉を切り裂く想像で笑いが止まらない戸愚呂兄に対し、シノはちょっとコンビニにでも行くような気安さで構えもしない。
自分達が揉めている間に、師を侮辱された怒りで無謀に走ったかと慌てる桑原。
蔵馬は多少シノの身を案じたようだが、お手並み拝見とばかりの飛影と同じく静観している。
霊波動の継承が出来なかったという点を置いても、幽助が認めた人物だ。
審判のコールが響き渡る。
「始め!!」
「くっくっくっく…!馬鹿な女だぜ。師匠と同じだ」
「…そうかもね」
愉悦に浸る小男は思いもしていない。
リング下に伸びる、男と思しき肉体がシノの背後をとるように伸びている事など、見聞色の覇気で透けて見えているというのに。
構えもせず、向かって来もしないシノに拍子抜けしている感はあっても、あれだけ幻海を貶めて見せたのだ。
冷静さを取り繕おうとしているのならばまたそれも良し。
気取ったその顔が歪む至高の時が待ち遠しく、無様に鮮血を散らせたい欲求が高まるだけだ。
「!!危ない!!」
シノの背後、小さな芽がリングに穴を開けたのに最初に気がついたのは蔵馬だった。
小さな芽が瞬く間に肥大し、触手のように指を模る。
これまでの戦いと同じく、それはシノの肢体を貫くかに思われた。
ところがそれは、鈍い音とともに弾かれる。
「「「「!?」」」」
マグレか偶然か。
追撃に伸びた指先はしかし、何度やってもシノの背を貫く事は無かった。
シノの背中の黒は、次第に全身を多い尽くした。
「!?くっくそなんだ…!?」
何度やろうと、まるで鋼鉄に挑む鞭のごとく跳ね返される攻撃に、戸愚呂兄の顔が初めて別の意味で歪んでいく。
「何だありゃ浦飯!?霊気で全身を覆ってんのか…?それにしちゃァ…」
「ありゃシノの十八番(おはこ)っつーか何つーか、俺にもよくわかんねェんだけどよ…あれが出たらもう無敵だぜ」
「無敵ィ?」
「霊気とは違うな…何か…別の得体の知れない強い力を感じる」
「…鴉や皆が見誤ったのも頷ける……飛影の言うとおり、妖気ではないが、これはまた別の何かとしか言いようがない」
「あいつがババアの後を継げなかったのも、あれのせいらしいかんな。何つーの?元は同じでも方向性が違うっつーか…」
「バンドかよ」
桑原のツッコミも尤もな得体の知れなさだが、今と前の世界の技術体系が違うという他に言いようがない為、幽助の言葉は的を射ていた。
あの戸愚呂兄を相手に、涼しい顔で無傷の女に会場もどよめいている。
戸愚呂弟も興味をそそられたようで、奮い立つ心が口元に表れていた。
暢気に考察する浦飯チームや観衆とは違い、無駄な攻撃をやめた戸愚呂兄は焦りを見せていた。
何度も繰り返した攻撃は、繰り返す度に大味になり、無駄な力が入ったせいで、焦りに若干の疲労も見えている。
「―――それだけ?」
「!!」
幻海の人形劇を見ていた時と同じ、感情の無い黒い目が見苦しくうろたえる戸愚呂兄の胸の内を暴くように煌いた。
元は自然(ロギア)系のシノは、本来このような戦い方はした事がなかった。
今生でも、こんな、ヴェルゴのような全身武装をするのは初めてだ。
する必要がなかった。
今もそうだ。
武装色の覇気を纏った拳一撃でリングを破壊し、全身を暴いた上で二撃目。
場外どころか島外ホームランで星にしてやるだけでいい。
戸愚呂兄の武器は”再生能力”と”変幻自在”さであり、けして強い力は持っていないのだ。
これで戸愚呂並みの打撃力や妖力を兼ね添えていたら、大人しく弟の腰巾着なんてしていないのだろう。
幻海を侮辱した事は、その醜く凝り固まった自尊心を粉砕する事で贖わせてやる。