HIT企画

□03
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さて、前回失意のうちに息を引き取った幻海があっさり生き返ってしばらくの事。
シノの心はお祭り騒ぎの大フィーバーだった。
師が生き返ったからではない。
それもどうなのって話だが、それは置いといて。


巷でも、ごく一部の人間に変調をきたしている魔界の穴の影響が、シノにも表れたのだ。
最高の形で。



おかえり、オトオトの実!!



シノの心の叫びのままに音波化、そしてコウモリなどを舎弟化しまくった。
元々幻海の土地に住む動物達とは仲良く親分していたのだが、通じる言葉があると利便性が違う。
前世から通算ウン十年、自然系として生きてきたシノにとっては、長年身体を蝕んでいた病が不意に治ったかのようだった。
出来るはずの事が出来なくなっていた不自由から、ある日突然解き放たれたのだ。


幻海はというと、人の身に突如として開花した異能力が弟子にも表れた事に驚きつつも、急に水を得た魚のようになったシノの方に驚いていた。
何でお前混乱しないんだ。
シノは言った。


「ずっと音波化したかった!!」


あ、そう…。
何か妙に納得してしまう幻海。
人見知りに毒されるとはまさにこの事である。

能力の開花から数日経つと、当初のハイテンションは鳴りを潜めたものの、それでもシノは毎日機嫌が良かった。
幻海のもとへ訪れる霊的相談者にも嫌な顔をする事はなくなり…というか、嫌な顔してても音波化してしまっていてよくわからない。
料理の品数も2〜3品増え、廊下の端から仏像の裏までピカピカに掃除され、八つ時の茶には毎日手作りの茶菓子が付くようになった。
ぶっちゃけ、めっちゃ活き活きしていた。

弟子の変わりようにちょっと引いてしまった幻海だったが、人とは便利さにはあっという間に慣れる生き物である。
テレビゲームのコントローラーを滑る指を加速させた幻海は、そっと置かれたお茶を横目に思う。


(こりゃ結構快適だね…)


いつまでフィーバーし続けるかは定かではないが、音波化して人目を避ける術を身につけたシノのストレスは、これまでとは比べ物にならないくらい軽減されるであろう。
どこの家庭も、母(この場合は家事的な意味で)の機嫌が良いと、家が気持ちよくなるのだという事を実感している間も、嫌な予感だけは切り離せなかった。
霊界から不穏な連絡がきたのはすぐの事であった。



*******



シノと同じく能力に目覚めた3人の学生を利用し、幽助達に注意喚起を促した幻海。
当然のように魔界の穴の中心地&犯人捜索に引っぱられたシノはむくれていた。
突然盗聴のスペシャリストに返り咲いたシノを、無遠慮に馬車馬のごとく働かせる事に、師は全く罪悪感を抱かなかった。
遺憾である。


「幻海なんかオヤツ抜きだ…」

「黙りな。現状ではあんたが一番調査に向いてんだ。恨むなら目覚めてすぐとは思えないほど能力極めちまった自分を恨みな」

「…夕飯も…抜きだ……」

「なら出前にしといてやる。好きなの選ぶんだね」


優しいんだが容赦ないんだか。
シノは蟲寄市全体に張り巡らせている”エコーロケーション”を、かれこれ丸3日は維持している。
不眠不休で。
そろそろ肉体が限界に近い。


「眠い〜…天丼〜…眠い〜……」

「あたしゃ蕎麦にしとくか」


天ぷら屋に電話をかける幻海の横で、シノは座布団を抱き締めてへろへろになっていた。
前の世界で同じ時間”エコーロケーション”した時よりも、明らかに疲労が大きい。
現代社会の都会を甘く見ていた。
人生単位で久しぶりの能力行使というハンデ以上に、都会にひしめき合う音の奔流を聞き分けるのがまた、非常に骨が折れた。
晴れ渡る青空や大自然を眺めるのと、蠢く人ごみや人工的な光を見るのとでは目の疲労が違うのと似ている。
魔界の穴を広げようと企んでいる奴がどこにいるかもわからないので場所はあまり限定出来ず、かといってあまりに雑な網では獲物がすり抜けてしまう。
加えて、変な能力に目覚めている人間が次々に悪事を働くせいで、人間としては不自然な戦闘等などが起こっていても、ハズレが多い事。
一番に調べた、穴の中心地と思しき場所にはそれらしい人物も建物も無し。(これは明日蔵馬達が現地に確認に行く手筈である。)
考えられる可能性としては3つ。
音波の届かない地下にいるか、もしくは巧妙に隠されているか、はたまた海楼石のような能力封じ、もしくは遮断する何かがあるのかだが、可能性として最も高いのは地下だろう。


「食ったら寝ていい。それまで頑張んな」

「うん……」


睡眠不足と、自然の音以外が複雑に奏でる不協和音とざわめきで、いいかげんムカつきが天元突破しそうなシノは思った。
犯人覚えてろよ。
とはいえ、そこまで根に持つタイプでもないシノなので、天丼食べてぐっすり眠ったら、犯人への憎しみはわりと忘れた。
そして翌日からまた働かされては思い出すという事を繰り返していた所で、オールバックの見知らぬ男に襲撃されてしまった。
幻海が幽助達について市街を調査に行った隙に、孤立したシノを狙ったのだ。
最も索敵能力に優れたシノを孤立させるのは一見愚行だが、音波化・音速移動を極めたシノには当てはまらないと幻海が判断した為だ。

そもそもどこからシノの能力に関しての情報が洩れ出たかは知らないが(おそらく幻海の周りにも草を放っていたのだろうと思われる)寝ぼけ目のシノは、犯人の到着を喜んだ。


「これで睡眠不足から解放される…!」


それを聞いた襲撃犯がぷっと吹き出したが、気にするシノではなかった。
襲撃犯は1人ではなく、戸愚呂兄のように指が伸びる男と、姿は隠しているが遠くからこちらを狙撃する男と計3人いた。


(3人目を先に倒すか…)


襲撃者達に向かって霊丸を放ち、すぐ様音速移動で飛ぶ直前、シノは戸愚呂兄もどきが口を開こうとしたのを確かに見た。
そして音速移動で刃霧要を背後から一撃。
すぐに二対一の戦場に戻った。
音速移動を身につけたシノの動きは、これまでとは比較にならない程にレベルアップしていた。
本人としては、これでようやく前世に近い動きが出来るようになったという、まだまだ課題ありの枷付きのような気分だが相手は違う。
音を操る能力とは聞いていたが、せいぜい盗聴や音波を流す程度のものだと思っていたのだ。
この短期間で、宿した事もないような異能力をここまで操ってみせる事実が、純粋に驚きだった。


「―――驚いたな……このままでは負けるかもしれん。というより意味がないの方が正しいか」

「!仙水さん…!?」


「(仙水?)」


窮地だと口にしながらも、邪気のなさそうな顔で素直に驚き、微笑む男の名をシノの耳が拾う。



「そういえば……君は霊界探偵にならなかったと聞いた」

「?」

「何故だい?」


シノは眉を顰めた。
戦闘中とあって目こそ逸らさなかったが、口は開かなかった。
仙水も期待していなかったのか、特に追及はしてこない。


「まあいい―――正解だったとは思うがね」



この後、相棒・樹のペット裏男によって次元を渡って逃走した仙水は、戸愚呂兄もどき―――もとい、戸愚呂兄になってしまった男から”盗聴(タッピング)”によって答えを聞き、再び噴出した。


(むしろ何故なるのか)

(おしゃぶり組織怪しすぎだし)

(こいつもおしゃぶり関係者?…元…?それとも…)


”盗聴”によって盗み聞いた心の声はそこまでだった。


「くっくっく………!いやァ賢い!実に賢いな彼女は……!」


戸愚呂兄は巻原の顔をやや面白くなさそうに歪め、裏男の口から吐き出された。
彼の中で、浦飯一派への恨みつらみの中でも、最たるがシノであるからだ。


「後輩と会えるのがますます楽しみになったよ」


シノの能力を踏まえ、念には念を入れての襲撃は目的こそ果たされなかったが、穴は順調に広がっている。
この分なら多少のズレは範囲内だ、と算段する仙水の楽しげな顔に、あまり表情の動かない樹もつられて笑みを浮かべる。
洞窟内部の泉から少し離れた岸辺には、手当ての施された刃霧が寝ている。
楽しみを先延ばしにされた戸愚呂兄は気づかない。
刃霧要を倒すため、”盗聴”のテリトリー外にまで一瞬で飛んだシノの思考を読めていれば違っただろう。
襲撃によりバレてしまったのは、仙水の名や次元を移動できるだけではなかった。
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