HIT企画

□ここにいるよ
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着の身着のまま幼児化し、一度密林に落とされたシノにはそれなりの自負があった。
雨風凌げる屋根が無くとも、お金が無くとも、誰一人として味方がいなくとも、人間が立って呼吸できる環境なら、生きてさえいれば、どうにかなるだろうという自負が。
それが今、少しだけ、くじけそうだった。
どこまでも続く荒地のど真ん中で、ちらほらと人の争う音を聞きながら、再び幼くなったシノは膝をついた。


「おなかすいた……」


そこは煌帝国領内。
主に罪人が追放され、無法地帯となっている作物も育たぬ荒地であった。
人里なんて嫌いだが、ご飯になるものが何も無いそこでは、僅かな人間の持つ食料とも呼べぬ糧さえ、ご馳走だった。
餓死する前に、何とかこの地帯を抜けなければ。


「おにくたべたい」


きゅう…と可愛らしい音をたてた腹を擦り、”エコーロケーション”を広げるシノ。
すると、点在している人々の気配とは違った一団を発見した。


これが煌帝国第三皇子、練紅覇との出会いの始まりだった。


あの後シノは、練紅覇率いる一団から盗んだ食料に齧り付き、つい夢中になって食べていたところを発見されてしまい「…お前も来る?」と言われ、首を横に振ったら、彼に従う魔道士の1人の8型魔法で強制的に眠らされ、気づけばどこぞの城の中にいた。
皆が下を向いてばかりで、目が死んでいる集団の中で、人見知りでも輝きを失っていないシノ目は一際目立っており、それが紅覇の目に留まった。
聞けばどこにも所属しておらず、家族もおらず、1人で生き抜いてきた図太さも気に入った紅覇は、今回他に部下とした者達とは別に、直属の魔道士達にシノの世話を任せた。
案の定、人見知りはすぐに脱走した。


元々食べ物につられただけで、紅覇達と関わりたかったわけでもない。
城から適当に食料や物資を盗んだシノは、とりあえずここがどこで、仲間達がどうしているのかを探るべく旅に出たところ、ここがまたしても別の世界であるという事が判明した。
ローやベポが存在しているのかさえ、絶望的な状況である。
これは長丁場になるな、と覚悟したシノはとりあえず、主にカツアゲその他をカウンターして貯めた金銭を持って、再び禁城へ舞い戻った。
こっそりと。



『持ち出した物の代金です。 シノ』



あいつら日本語読めるかな?という問題があるが、きっと誰か読める人がいるだろう。
この世界では、日本によく似た国が鎖国気味らしいし。
うむ、と慣れない筆で書いたメモを、お金を重石にして紅覇の机に置いておく。
一旦やらかした無銭飲食は、誘拐でチャラだろう。
旅立つ為に持ち出した物への対価も置いて、これで貸し借り無しだ。

さて、これで後ろ髪引かれる事無く帰る方法(もしくはロー達を)探す旅を―――



「―――あ」



********



そろそろ存在を忘れつつあった娘が、何故か自室にいた。
他の兄弟に比べ、表情を隠さない紅覇は口をあんぐりと開けて固まり、反射的に魔装した。
自分でもそこまでするつもりはなかったのだが不思議と、おそらく本能的な部分で、生身では対抗できる相手ではないと悟っていたのだろう。
数瞬後、紅覇は大鎌を振り下ろしながら、冷静な部分でそう分析した。
しかし、斬撃の圧で潰れたのは家具や書類ばかりで、当のシノはどこにもいない。


「どこにいった…!?」


紅覇の姿を視認した途端、音波化したシノを見聞色も無しに見つけるのはほぼ不可能である。
あたりを見回し、瞳を鋭くする紅覇を置いて、シノは宵闇に紛れて禁城を去った。
結い上げられた髪を揺らす紅覇の前に、衝撃で舞ったであろう一枚の羊皮紙が落ちた。


「何これ…」


机の残骸の横を転がる金が、ころりと角度を変えて鈍い光を放っていた。



********



煌帝国に留まらず、色々な土地を巡ったシノの地獄耳にも、ローについてや世界を跨ぐ方法というのは、残念ながら入ってこなかった。
今いる魔道士の国マグノシュタットも、シノには入国審査など意味が無い。
入国しなくたって、内情は筒抜けの丸裸である。
ところがここも期待はずれだった。
彼らの興味は”ルフ”と”魔道士至上”に、ほぼほぼ限定されていたからだ。
世界の渡り方などの研究は、数ヶ月盗聴していても少しも聞こえてこない。


「……はァ…」


魔法とかがあるくらいだから、きっとそのせいだとか、そうでなくとも帰る方法くらい見つかるだろうと思っていたシノは、落胆で肩を落とし、大きく息を吐いた。
なまじ仲間がいる事に慣れていたものだから、一人ぼっちの世界的迷子も、そろそろ疲れが出てきていた。
そも、シノは人見知りで知らない人は嫌いだが、孤独を愛しているわけじゃない。
何もわからない、誰も自分を知らない土地で、寄る辺無く彷徨うのを、心細く思わないわけではないのだ。


無言で代金を支払って買った、辛くないケバブのようなものを一人、ぽつんとどこかの屋根の上でもそもそと食べる。
はみ出るくらい大きな焼きたての肉も、おいしいはずなのに、あまりおいしく感じられなかった。



「―――どうしたんだい?お姉さん」

「!」

「えっ…?お、お姉さん…??あれ、今ここに……」



青い三つ編みを揺らし、消えたシノを探す少年を、下から呼ぶ声がある。
スフィントスは、空中であっちこっちにフラフラするアラジンを「何だ?」と眉を顰めて見ていたが、すぐにもう一人の仲間がいない事に気づいて慌てる。


「ティトス!?おいティトス!!」


アラジンよりも、色んなものに目移りする子供みたいな奴を追いかける事にしたスフィントスの判断も当然の選択と言える。
誰がどう見ても、アラジンの方がまだ、1人にしておいても大丈夫そうなのだ。



「…あれ?……たしかに…」


アラジン好みの、豊満な胸を持つ娘がいたはずなのに…いや、別に胸が目当てで近寄ったわけでは…なきにしもあらず…あら……あるか?
最初に目に付いた理由は、単純に魔道士でもなさそうなシノが、1人であんな高い所にいるのが不自然だったからだった。


「いない…」


なら…仕方ない。
気のせいのはずはないんだけどなあ…とゆっくり下降していくアラジンを、二つ向こうの屋根から見ていたシノ。
食べかけの肉に、ぱくりと齧りついた。
少し寂しいけれど、安心してありついた食事を平らげると、少し前向きになれた。
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