HIT企画

□ダイヤモンドと生きてみる
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海賊として生き、生涯を終えたはずのシノは、僅かに時代を逆行した日本にいた。
杜王町という、聞いたことも無い町に生まれ、そこで育った。
何故か生まれつきオトオトの実の能力が備わっており、ラッキー!とばかりに人を避けまくって過ごした幼少期。
両親はいつの間にか離婚し、シノを置いて家を出て行った。
シノが子供らしい子供じゃなかったせいだろうか。
そのような事も喚かれた記憶はあるものの、夫婦の問題を生まれた子供のせいにされても困るというのが正直な所だ。
オトオトの能力が使えるシノを舐めてもらっては困る。
お互いに外に女と男を作っていた事くらい、ずっと知っていた。


ここで問題です。


問い一 『この時のシノの気持ちを述べよ。』

答え 『ラッキー』


オトオトの実の能力があるとわかった時と、ほぼ同じ反応であった。
あの時よりは些か劣るかもしれないが、都合の良いように後ろ暗い部分を棚に上げ、言い争い、シノが全ての原因かつ養ってやっている、足手纏いでしかない存在としてしか扱わなかった親らしきナマモノがいなくなったのだ。
しかも家がある。
電気や水道はしばらくして止まったが、密林で生き抜いたシノにはそれくらい屁でもない。
小さくとも心は大人。
程々都会で程々田舎な土地柄のおかげで、食べ物には困らなかった。
サバイバル的な意味で。

しかし、野生動物が本領発揮した悠々自適な御一人様生活は、長くは続かなかった。
家賃の滞納が続いていたせいで、ついに鍵を持った大家がご近所のよしみで連れてきた警官と乗り込んできたのだ。


その日、その辺で釣ってきた魚と野葡萄で中々の晩御飯だとウキウキしていたシノは、一気に絶望の淵に叩き落された。
これまで、玄関のチャイムを鳴らす者はすべて無視していたが、鍵を持ってこられたらそうもいかない。
焼きかけの魚を放置するわけにもいかず、思わずベランダで固まったシノ。
ベランダで焚き火をする幼児に目を剥く大人2人。


「「……」」

「……」


同じくらいの大きさの石で囲んだ火の上に網を置き、器用に大人顔負けの体(てい)でしゃがむ幼児。
時間帯は既に夕方の6時をまわっており、あたりは薄暗い。
隣近所の家の明かりなど関係ないと言わんばかりに、暗い部屋。
連れられて来た警官は考えていた。
昔馴染みの大家の言う事には、ここは若い夫婦と子供が暮らしていたはずだ、と。
近所から、よく喧嘩しているらしいと苦情を聞いていた大家は、血の気が多いらしい夫がもしも逆ギレし、暴れた場合の保険として、酒の一杯と引きかえに彼を連れてきた。
てっきり若い夫婦を諌めるだけだと思っていた警官は、狭いベランダに立てかけてある、どう見ても手作りの釣竿を見てから、横のザルに天日干ししてある野菜と、瑞々しい野葡萄に目をとめた。
薄暗い部屋、シンクの傍にはいくつかバケツが置いてある。
サッと近づき見てみると、中には水が貯めてあった。
ここで彼は、電気も水道も止まっている事に気がついた。


「っ……お嬢ちゃん…ああ、すまん。びっくりしたな、おじさんは警察官だよ。お父さんとお母さんはいないのかな?」

「……」


いきなり押しかけてきた人物に声を掛けられ、ビクリと震える幼児に、屈んだ警官は帽子をとって笑顔を作った。
大人がいるなら…少なくとも、まともな大人なら、彼の孫と同じくらいの幼児に火を扱わせたりするはずがない。
きっとこの子は放置されてかなり長い。
そのわりには部屋は綺麗で整頓されているし、子供の成育状態も悪くない。
ただ、手馴れている。
手馴れすぎていると言っていい。
あくまでパッと見なので確証はないが、菓子パンなどのビニールも見当たらなかった。
こんな、右にも左にも、壁一枚挟んだ隣には、ちゃんと大人がいるはずの集合住宅にいるのに、この子供は誰にも助けてもらえず、頼らずに生きるしかなかったのだ。
でなければ、ここまで食い扶持を得るのに熟練した風になるとは思えない。
きっと、ここまで食べられるようになるには、すごく、それはものすごく苦労しただろう。
彼自身、終戦直後の物の無い時代を生きてきたからわかる。
ひもじい思いもたくさんした。
でも、そこには少なからず助け合いがあった。
あの時代は、皆が辛かった。
だが、この子は?
孫のように、母の手料理を食べたり、お菓子を食べたりしているだろうか。
見渡す部屋には、玩具や子供の好きそうなものが何も無い。
子供がいるような痕跡がない。
ここに、こんなに小さな子がいるはずなのに。


しばし固まっていた子供は、ハッとしたように魚を裏返した。
程よい焼き加減だ。
子供の柔らかい、皮の薄い指では煙に近づくだけでも熱かっただろうに。
少しも怯まず、上手に箸を使って返していた。
もしかすると、娘よりも箸さばきが上手いかもしれない。


(今度は手元を覗き込まれている……!?)


稚い小さな指に眉を顰める警官と必死に目を合わせないように魚を見つめるシノ。
小さくパチパチと爆ぜる火の音と、そこかしこから夕食の賑やかな気配だけをBGMに、ベランダは静かなものだった。
正確には、シノが言葉を発しないので、大人も刺激しないよう、優しく静かにしているのである。
こんな事なら、魚が焦げるのと引きかえに、音波化して逃げとけば良かった!と後悔しても後の祭りである。
戦闘なんて滅多に無い平和な日本に生まれたおかげで、勘が鈍ったにも程がある。
ムムムッと素直な表情が難しい顔を作る。
まさに、真剣に魚を焼く子供の図、であった。


(どうしよう……)


目の前の大人もそう思っているが、死んでも治らない人見知りは気づかない。
そのうち、とうとう魚がいい色に焼けてしまった。


「…………食べる…?」


ジッと見られている中、1人で食べにくい。
でも焼きたてを早く食べたい。
野葡萄をザルに移し、野葡萄が乗っていた皿に少しだけ魚をわけてやると、警官の目から涙が零れた。
後の大家は既に、顔した半分を覆って肩を震わせていた。

何事?とわかってないシノが首を傾げる。
中身は相当な年齢のはずだが、馬鹿素直と称された気質まではそうそう変化しなかった。
子供の身体で、いっそう無垢に見えるその仕草が、彼女の境遇を慮ったいい歳したおじさんには堪らなかったのだ。


「…ッいい、のかい?」

「…(こくり)」

「ありがとう……!!」


不幸な境遇にも負けず、大変な思いをしてとった貴重な食料を、見ず知らずの者に分け与える優しさに触れた男達の手は震えていた。
塩を振っただけの魚が、ごちそうに思えた。
鼻を啜りながら、ひとつの皿のちょっとの魚を回し食いする男2人に、シノは遠い目をしながら思う。


(マジで本当にナニゴト……?これ……)
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