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「(………おかしい。静か過ぎる…)」
麦わらの一味の船医、チョッパーを袋にぶら下げて研究所に戻ったローは、閑散としたメイン研究室を見回し眉を寄せる。
子供達に投与されていた薬の調査を目的としたこちらとしては、都合が良すぎて反対に警戒してしまう。
それに比べ、ビビリながらも袋の中から出てきたチョッパーは拍子抜けしたようで「何だ、誰もいねーじゃねぇか!」と早くも安心している。
「気を抜くな。まだいないと決まったわけじゃない」
「えぇっ!!?」
小さな蹄が、青い鼻ごとチョッパーの口を隠す。
ローに脅かされたチョッパーは、キョロキョロと警戒したかと思うと、ソファの影に身を隠した。
…と見せかけ、そのつもりで全然隠れられていないが、ツッコミがいないのでそのままだ。
ローは嫌な予感がした。
小声でシノを呼ぶが、応答が無い。
とうとう、予感が真実味を帯びてきた。
「…おいタヌキ。お前は予定通り薬について調べてろ。おれは行く」
「誰がタヌキだこらァっ!!って……お前はこれからどーすんだ…?」
予定では、ローがこの部屋にいる人間を連れ出している間に、薬のことを調べるはずだった。
「仲間が応答しない……あとはうまくやれ」
「え…っ!!」
もしかしたらシーザーは、シノの言っていた毒物兵器の実験で不在にしているだけなのかもしれないが、シノが応答しないのは何かがあったということだ。
チョッパーを置き去りにして、足早に去っていくローの頭に、最悪の想像が浮かんだ。
「(……ヴェルゴか……!!?)」
シーザーとの契約でローとモネの心臓を取り交わした後、ローは機を見て心臓を取り返すつもりでいた。
ただし、すぐに取り返しては最悪パンクハザード島を追われることになり、計画も頓挫する。
SADの製造場所もシノが盗聴してようやく絞り込めた頃、ローたちは近々ヴェルゴがやって来ることを知った。
『シーザーとモネだけならともかく……あいつが来るとなると、心臓をとられたままじゃ勝ち目がねェ』
『そんなに強いの?』
『ああ…おれも昔、奴には借りがある。それにあいつの覇気はかなりのものだ。お前じゃ太刀打ち出来ないかもな』
常ならば、他の適当な人間の心臓と取り替えるところだが、この島の住民…と言っていいのか、元囚人である彼らは皆、シーザーによって管理されているも同然。
奪えば必ず気づかれる。
『それじゃあ……』
「……っく…ゲホッ……!!」
「どうだ?いいかげん血ではなく別のものを吐いて欲しいのだが」
シノは海楼石の手錠を付けられ、ヴェルゴの尋問という名の拷問を受けていた。
あれから成す術もなくメイン研究室へと引きずられて来たシノは、何度も心臓を痛めつけられては血を吐いた。
途中、シーザー誘拐にあたっていた麦わらの一味3人と海軍の2人を入れた檻が入ってきたが、かまけている余裕などない。
どうやらすぐに殺すつもりはないようだが、このままでは時間の問題だろう。
ヴェルゴは、最初に頷いたきり、何も話そうとしないシノに少々辟易していた。
彼女の悲鳴で目覚めたルフィが、ギョッとして辺りを見回している。
「何だ!?おいお前っ大丈夫か…!!!」
「やっとお目覚めか」
「おいヴェルゴ!!外にいるのは全員『G−5』の海兵!!お前の部下だぞ!!」
「ああそうだな…――しかし1つの檻に入るにはあまりに豪華な顔ぶれだな…いい眺めだ…」
彼らの会話が遠くに聞こえる。
その間だけでも、心臓が潰されない時間があることが、今のシノにとっては何よりの救いのように感じる。
いっそこのまま気を失ってしまいたい…
ギュッ
「っ……かはッっ!!!…アぐぁっ!!」
「誰が寝てもいいと言った」
「何だよあいつさっきから…!!おーいお前っ生きてるかーー!?」
「彼女は多分ローの仲間ね。手配書を見たことがある」
「元2億も心臓を取られちゃ形無しだな…」
「2億ぅっ!?あいつ強ェのか?」
「……」
先程戦ったスモーカー、外見たしぎがルフィの問いを黙殺したところで、シーザーが戻ってきた。
「シュロロロロ…待たせたなヴェルゴ………ん?シノ!?」
「問題ない…が、モネはやはり来ないか…」
「!まーだ戻ってねーのかあいつはっ!!役立たずめ…!!この大事な時に……」
「お前達か?」
「……」
ギュムッ
「っぎアアアアっ!!!!」
「お前達の仕業かと聞いている」
心臓を潰しついでに足でぞんざいに蹴られ、転がるシノをシーザーが興味深そうに見ている。
「おいヴェルゴ。もしやその心臓…」
「ああそうだ。お前からローの心臓だと預かったものだ」
「ぬわぁにィーーっ!!っつーことはローの奴…!!」
「部下を身代わりにしていたようだな」
「身代わり?」
「……おそらくだけど、彼らはあれがローの心臓だと思って持っていたようね」
「何で心臓ねーのに生きてんだ?」
「多分ローの能力ではないかしら」
「ハッ…てめェの部下を身代わりとは、いかにも海賊……!!」
「契約違反だ!!!……いやっそんなことよりなァ!!これがてめェの心臓だとわかってたら……おれは…!!おれはなァ……っ!!!!」
ドスッ
「ずっとこうしてやりたかった!!!」
「………っ!!!!!!」
シーザーは、ヴェルゴの持った心臓を思い切り殴った。
これまでの鬱憤を晴らすかのように、無遠慮に。
シノは意地でも声を出すものか、と気力で悲鳴を押さえる。
こんな奴のためにあげる悲鳴なんてない。
痛みで霧散しそうな矜持をかき集め、シノは耐えた。
「居候の分際でお前ときたら!!このおれ様を無視するわ殴るわ……っ!!!おれはお前の数々の暴言をひとつも忘れちゃいねーぞ!!!」
ドスッドスッ
「…っ!!!っ…!!」
「だいたいお前はっ!!人としての礼儀がなっちゃいねーんだよ!!」
「……シーザーにこうまで言わしめるとは……見かけによらず阿婆擦れか…?」
モネと同じようなことを思ったヴェルゴだが、彼女のようにあからさまではないため、シーザーは流したようだ。
シノは相変わらずうるさいシーザーを鼻で笑うと、べっと舌を出した。
「くぉ〜のォ〜〜っ!!!!」
「っっ!!!」
「(わわわわっ……どうしよう!!心臓をあんな乱暴に扱うなんて…あいつ死んじまうよ……!!!)」
ヴェルゴやシーザーが、実験のモニターと捕まった面々に気を取られて幸運だった。
依然として隠れきれていないチョッパーは、捕まったルフィ達は勿論のこと、先程からずっと心臓を痛めつけられているシノをハラハラと見守っていた。
「(きっとあいつがローの言ってた仲間だな…けど……!!ルフィ達だけ外に出される!?)」
研究室の壁の一部がなくなり、吹雪が入ってくる。
そこから、檻はルフィ達を入れたままクレーンで宙吊りになって外へ運び出されていく。
「(ルフィ達が……!!おれどうしたら…)!!??モガッ」
「…タヌキ屋、黙れ」
「(ロー!!?)」
いつの間に、と驚くチョッパーの口を塞いだのはローだ。
まだタヌキとか言ってるが、それどころじゃない。
ついでに丸見えだった身体を乱暴に引っ込められ、チョッパーはローをキッと見上げる。
「ムッムググッ!!(ルフィが!!お前の仲間が死にそうなんだ!!)」
「んなこたァわかってる」
「ムガッ!!(なら!!)」
「今はこらえろ…シーザーとヴェルゴが人質持って揃ってんだ」
「…っ」
「あいつの心臓はおれが……何としてでも取り戻す」
視線を落としたチョッパーの身体から、すっと力が抜けた。
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ルフィは毒物兵器とか言われても、きっと思いつきで海軍のとこまで飛びそうです。
これからちゃんとトニー屋になるから安心してください、チョッパー。
アニメでキャプテンがタヌキって言ってたのがすごく好きで、どうしてもタヌキと言わせたかった…!