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トロッコに乗った一行は、崩れ落ちる岩盤を防ぎながら外を目指していた。
その途中、鎖で縛られた囚人達の消沈した様子に、子供達の何人かがナミに尋ねる。
「ねえ…おじさんたちはどうしたの?」
「え?」
「あの映像見てから…あれ、何だったの?マスターがドアの前で何か書いてたけど」
ナミは一瞬、まだ幼い故にわからなかったのかと思ったが、すぐまたそれを否定する。
茶ひげの仲間が死ぬ瞬間こそ映っていなかったが、あの命乞いと断末魔は子供達に聞かせるべきものではなかった。
子供達全員の耳をふさいでやることが出来るのであれば、ナミは間違いなくそうした。
海軍の捕り物、”シノクニ”の脅威にトロッコの発進と、立て続けに事態は動き、心配や不服を訴える隙もなかったのだ。
ナミは子供達の言葉でそのことを思い出し、また子供達の様子に不自然さも感じた。
「…あんた達こそ大丈夫?……その…映像…怖かったでしょ?」
その問いの答えはナミの想像を裏切り、またナミの予測を裏付けるものであった。
海軍に囲まれ、繋がれた囚人達は皆俯き、口を噤んでいた。
スモーカーが恐ろしいというのもあるが、それ以上に頭が事態について行けていないのだ。
そんな中、一人の囚人が声を張り上げた。
「”音凪”のシノ…っ!!!!」
当の本人よりも、まわりの人間のほうが余程男のことを気にして振り返っている。
それにすら逆上しそうになるのを押さえ、男はシノをまっすぐに見て問う。
「もし…っお前の流した事が全て真実だと言うのならっ―――海楼石をつけろ!!!」
「何を言うかと思えば」
シノのかわりに男の言葉に反応したのはローだ。
「そんなことをしてやる義理がどこにある」
元々作戦は混乱を起こすところまでだ。
その真偽をわざわざ証明してやる必要も、義理もない。
ましてや能力者に対して海楼石をつけろなどと、この海では死ねと言うのと変わりない。
「お前らが見ようとしなかった事実に対して…今更目を向けようとする根拠欲しさにしては―――随分厚顔な要求だな」
「それでも…っそれでもよォ……っおれたちはっどうじでも゛……っ!!おれたちを救っでぐれ゛だ人を疑えねェんだよォっ!!!!」
ローの睨みにも負けじと、涙を流して心を吐露する男達の周りでは、同じように鼻を啜る姿があった。
それらが男の意見に同意しているものだというのは、いちいち目を見ずともわかることで、ローは付き合っていられるか、と視線を外し、コートにくっつけていたシノの肩を抱いて、自分と同じように彼らに背を向けさせた。
やや乱暴な仕草に、シノはローの苛立ちを感じ取っていた。
「そうだ…もしあれが真実なら……おれたちはとんでもねェ間違いを犯していたことになる…!!頼むっ!!」
「ああっ!!あれが本当だっていうなら証明してみせろよ!!!」
たった一人の男の叫びが、今や拘束された囚人達全体…拘束を免れた囚人達にまで広がりつつある。
「なんだようるせェなァ〜おいトラ男ー!!うるせェからもうそうしてやればいいじゃねェか」
「馬鹿言え!お前も能力者ならこれがどれだけ無茶な要求かわかるだろう」
「でもよォお前もいるし、おれ達もいるんだからいいじゃねェか!」
ルフィはあっけらかんと、手は出させはしないと言うが、ローが頷くはずもない。
「聞いてやる理由がねェ」
「おい!ほっとけルフィ。そいつの言ってることは正しい。お前の言うこともわかるし、万が一にもレディに傷はつけさせねェが…」
ルフィを窘めたサンジは、そこでふうっと煙を吐き出す。
「それとこれとは別問題だ」
「そういうことだ」
そこで再び、話は終わりだ、と突き放すローにルフィも「んじゃーまァ〜諦めろお前ら!」と笑って囚人達に手を上げた。
「「「「軽っ!!!!」」」」
「にししししっ!!」
何がおかしいのか笑うルフィだが、不思議とこれに激昂する者はいなかった。
実力や恐怖からではなく、彼の大らかすぎるとも言える笑顔は、不思議とどこか憎めないのである。
「そうよルフィ!!その必要がないんじゃなくて、そんなことしなくていいんだから」
「なんだナミ?」
子供達から話を聞いたナミは、遠巻きに様子を窺っている面々にも聞こえるよう、わざと大きな声でシノに声をかけた。
「あんた…さっきの、子供達には聞こえないようにしてくれてたんでしょ?」
シノは、そう言って近づいてくるナミを見て…小さく頷いた。
ナミは「やっぱりね」と笑みを浮かべる。
「だからあの映像だったのね。本当はもっと……そこにいる奴らを納得させられる映像くらいあったんでしょ?何せこの研究所、そこかしこに電伝虫が設置されてたし。あんたの能力が音を操るのなら、それこそ決定的瞬間!みたいなの、すぐ撮れそうじゃない」
最初は子供達もいるのに、あんな…人の死に際を晒すだなんてと思った。
でも、あの映像だったからこそだったのだ。
音声が無ければ、あの映像はただ傷ついた部下に何らかの言葉をかけたシーザーが、扉の前でメモを取っていただけに見える。
「どーゆーことだ?」
「つまりあの子は、さっきの映像で音を操って、子供達には音が聞こえないようにしていたということよ」
「ガキには刺激が強かったしなァ」
首を傾げるルフィには、ロビンがわかりやすいよう補足してやる。
話を聞いていたらしいウソップが、うんうんと大きく頷いた。
「……」
シノは知らない人間が嫌いだ。
よって、良くも悪くも大衆の注目はご遠慮願いたい性分なのである。
ローは、今にも自分のコートの中に潜り込みそうな人見知りの肩をぐっと握りしめた。
「――――………だって………あんなの…小さい子に聞かせるものじゃないもん………」
ローのせいで動けない肩はそのままに言い捨てると、シノは潜り込めなかった黒いコートに顔を埋めた。
ナミはいっそう笑みを深くして、あたりを見回す。
―――疑い、求め、騒いでいた連中は、いつの間にか静かになっていた。