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□IN FILM"Z"
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※時間軸無視でハートの海賊団inフィルムZ。



シノはプールサイドで難しい顔をして分厚い本を眺めていた。
そこかしこから仲間達のはしゃぐ声や、水飛沫が上がる中、シノはローに渡された医学書相手にぶすくれながら、隣でこちらを涼しい顔して監視しているローの手前、カリカリと羽ペンを動かしていく。
といっても、書いているのは文字ではない。
人体の臓器や骨、筋肉に至るまで精密に描かれた本のそれを延々と模写しているのだ。


「お前、絵心まったくねェな」


なんて、余計な事ばかり時折口を挟んでくるローを無視し、キャッキャとはしゃぐベポ達の声を聞かぬようにして、シノはガリガリと段々と力の入ってくるペンを黙々と動かす。


何故シノがそんな事をしなければならないのか。
それは、いつぞやニュース・クーからお礼の手紙を貰ったのを目ざとく引っ手繰られた事に起因している。

あれからだ。
ローによって、問答無用の勉強生活を強いられているのは。


元々学校でも平均的な成績におさまっていたシノは、物覚えが飛びぬけていいわけではなかったし、10年以上勉強からは離れた生活を送っていたシノは、勉強的な物覚えよりも、動植物の見分け方とか、感覚的な経験則の方ばかり頭に残るようになってしまっていた。
英語は勿論苦手だし、漢字だって読めても書けなくなった字は少なくはない。
そんな中、ローはいきなり分厚い医学書を持って現れ、一言。
「全部覚えろ」である。
ハッキリ言って「んな無茶な」であるが、真面目でバカ正直な日本人的性分がどうにも抜け切らないシノは一応、同室のベポの応援もあり、一日少しずつではあるが、渡された本を読んでいた。
医学書は基本アルファベットばかりなので、辞書片手に頑張った。
どうせ航海中は索敵以外にほとんど仕事のないシノなので、誰に注意される事もなく、真面目に勉強していたのである。


そしてつい先日、心臓集めも終わり、七武海入りを果たしたローと晴れて政府公認となったハートの海賊団が許される略奪に臨んだ時、



「丁度いい。シノ、テストだ」



ローは拘束した敵海賊を1人、シノに向かって甲板に転がした。
スパッと頭を胴から切り離し、更に頭部を縦に真っ二つにする。
この辺で敵海賊の生き残り達からは悲鳴が上がっているのだが、ハートの海賊団はほのぼのと囃し立てている。
その様子がまた、敗れた海賊達には不気味に映る。


「(何でこいつら…こんなに平然としてやがるんだ……!!?)」

「(化物の一味も化物って事かよ!)」


残念な事に、ハートの海賊団にとって、頭が胴からさよならする事に危機感はあまりない。
自分達だって日常的にされるのだから、他人なら尚の事、痛くも痒くもない。
縦半分にカットした頭が恐怖で涙と鼻水を撒き散らすのを器用に避けながら、ローはシノに向かって断面を見せつけ指をさす。


「この…間脳の後上部にある小さい物を何という?」

「ヒイイイッ!!おっおれの頭がっ半分じっ地面に…っ!?」

「間違えたら今晩は肉抜きだ」

「……む」

「頑張れよ〜」

「シノなら大丈夫!」

「落ち着いていけー」


じいっと断面を見て記憶を呼び起こそうとするシノ。
当然ながら、ローから渡された本のどれもが白黒で、カラー印刷ではなかったし、いざ実物を見ると当てはめるのが少し難しいのだ。
しかも夕飯の肉がかかっているので、その目の真剣さも増すというもの。
妹分を見守るハートの海賊団の何と和やかなことだろうか。
不気味すぎるのは船長だけじゃなかった。
捕らわれた海賊達は、いずれ自分達にも降りかかるかもしれない不幸に小さくなって震えることしか出来なかった。



「……かっ下垂体…!」

「違う。松果体だ」


ガクッと肉抜きに項垂れたシノに、ベポの慰めの肉球がぽん、と置かれた。
その時の不幸の延長が、現在のプールサイドにある。

珍しくリゾート設備のしっかりした島に着き、プールサイドにビーチにとはしゃぎ回る仲間達の声をBGMに、プールサイドでお勉強…悲しすぎる。
ひとしきり描き終えたシノが、周囲に部位の名称を書いたものをローの前に差し出すと、受け取ったローが本から顔を上げる。



「……下手くそに目を瞑れば、まあいいだろう」


本当に歯に衣着せないな、と思っているシノは、少し自分を振り返って見るのもいいかもしれない。


「もういい?もう終わり?」

「ああ」

「やった!」


期待に目を輝かせるシノに折れたのではなく、どうせ詰め込んだって覚えねェだろうな、というローの配慮である。
嬉しさのあまりそこまで考えが及ばないシノは、笑いを零しながらぶかぶかのTシャツを脱いだ。


「ねえ見てみて!」


と言われ、何の気なしに見たローは、たまたま口に含んでいたアイスコーヒーを器官に詰まらせた。


「ブフォッ!」

「キャプテンとお揃いだよ」


立ち上がり、得意げに一回りして見せるシノの白いビキニのパンツには、ローの帽子と同じアザラシ柄が控えめにプリントされており、左胸のあたりにはハートの海賊団のシンボルが、これまた同じ配色の濃いブラウンで描かれている。
ローは何とかプライドでもって「えへへ〜どう?」と小首を傾げるシノの前では咳き込んでなるものか、と耐える。
何故自分でもこんなに動揺しているのかわからないが、それでも取り繕ってしまうのは、男のサガという奴だろう。
間違ってもローは、シノが脱いだ事に気づいてヒューヒュー言ってのけるクルー達と同じ反応などして見せる事はない。



「ちなみにベポ君は色違いのおそろです」



とベポの方をさすシノ。
周りの様子から、シノの勉強が終わったのだと悟ったベポがプールの中から手を振っている。
大きな浮き輪を借りて浮いているベポの水着は、トランクス型の海パンで、黒地に黄色いシンボルが描かれていた。
ローの服がいつでもオーダーメイドなので、真似してベポと一緒に水着をオーダーしたのだと笑うシノに、なるべく平坦に「そうか」と言ってみせるローの様子に拍子抜けしたのか、シノはさっさと腕に腹にと浮き輪を装備していく。
二の腕につけているのは、泳げない幼児が溺れないようにつけているものと同種だ。
カナヅチでもこうすれば溺れないので、シノは浮き輪に紐をつけてベポに投げる。
心得たもので、紐の先を受け取ったベポは、シノがプールに入るのを待ってからそれをゆっくりと引いてやっている。
力は抜けるが、海水ほど気分を害するわけではないので、短時間ならこうやってプールにも入れるのだ。
くらげのように漂う気分で、シノは「キャプテンもやればいいのに」と言う。
ベポも賛成のようで「そうだね!キャプテンも泳ごうよー!おれ引くよー」と手を振っている。


「お前らだけでやってろ」


断られるだろうとは予想していたが、しょんぼりするベポの肩を、不恰好に泳いで近づいたシノが撫でる。


しかしこの時、情に絆されることなく己を貫いた判断を、ローはいくら褒めても足りやしない、と振り返る。


”NEO海軍”と名乗る輩共が襲撃を仕掛けてきたからだ。
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