OP連載

□02
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トラファルガー・ローは、億越えの賞金首で、北の海(ノースブルー)出身の大物ルーキーと言われている。
彼の率いるハートの海賊団は、先ごろ空島での冒険を経て、再び偉大なる海(グランドライン)の海上を航海していた。
自慢の潜水艦に大きな損傷を受けたにしては、大した財宝も見つけられなかった空島での、唯一の収穫と言っていい新たな仲間シノを乗せて…


「おい新入りー!」

「シノちゃーん!」

「ああアイツならベポんとこだぜ」

「またかよーいいなーベポの奴」

「まったくだぜ!この船にもようやく初の女の子が乗ったってのに…!」

「おれらとはマトモに話もしちゃくんねーもんなー」


…そう、彼女は極度の人見知りであった。


元々船長であるローが空島の守り神だった大鷲を倒し、半ば脅しで仲間にした少女シノは、当初ベポが予測した通り、ハイパー人見知りさんであったのだ。
大鷲の後押しがなければ、シノがこの船に乗ることすらなかったかもしれない。
女の子がたった一人で男だらけの海賊船に乗っているという緊張も手伝ってはいるが、そもそも知らない人とは目を合わせるのが嫌、話すのも嫌で、船に乗ってからこっち、善良な白熊の背に隠れてろくに姿も見せてくれないのが現状だった。

しかも、ある程度距離をとって盗み聞き…もとい様子を窺ってみたところ、彼女は動物であるベポにはとても優しく、思いやりのある振る舞いをしている。
唯一の女の子だということで、ちょっかいをかけたり、からかう男どもには容赦なくあの悪魔の音色”レクイエム”をかまして姿を消すくせ、ベポの前では可愛く笑ったり一緒にご飯食べたりしているのである。


―――ぶっちゃけ、ベポ超羨ましい!!というのが、大よそのクルーたちの総意であった。


そりゃあ実力がないのであれば、海賊船に相応しくないとか、余計な下心だって生まれる。
だが、彼女の力は空島での一戦や、ここ最近のされたクルーたちが証明しており、おそらくこの船で確実に敵うのは船長であるローくらいのものだと推測されている。
他ならぬ船長が引き入れた、実力のある仲間であれば、彼らが認めないはずはない。
だからあとは好奇心とか、クルーとしての親睦とか深めてみたりしたいなーとか思うのである。
何せ、新しい仲間は小さくて可愛くて胸は大きいという、将来楽しみな感じの紅一点。
彼らが悔しがるのも当然だった。


おかげでここ最近、妙にそわそわしているクルーたちを眺め、ローは甲板で本を読みながらフン、と鼻を鳴らした。




「ねえねえベポ君」

「なぁに?」


当の本人達は、のんびりと海を眺めてお喋りときたもんだ。


「何か遠くで、局地的?な嵐みたいな音がするよ」

「え?」


シノがあっち、と指差すのは、何もない晴れ間が広がる水平線だ。
雲にも変な動きはない。
ツナギから出た白熊の頭が、こてん、と傾げられる。


「うーん…空に異常はないみたいだけどなぁ…グランドラインの天候はとっても変だけど、この船にまで影響するくらいの嵐なら遠くでも雲の動きでわかるはずだよ」

「そっかぁ。じゃあなんだろ?こっちに近づいてる気がするけど」


気のせいかなぁと、ベポと同じようにのんびり首を傾げるシノ。
物陰からそれを見ていたクルーの顔が、ふにゃーと締まりをなくす。


「兆しのない嵐…」


ベポは一つの可能性を疑った。


「…サイクロン」

「?」

「ちょっと操舵室に行って来る!あっシノも来て!」

「?操舵室の人と話したいの?」

「そうだよ!もしかしたら大変なことになるかも!だから早く!」

「じゃあ私の近くでお話してみて―――”小さなメロディ”」


これは遠方にいる味方の耳に直接音を届ける技で、現代的に言えば、インカムを着けた相手と会話するような感じだ。
相手の耳に自分の音を届け、自分の耳に相手の声を引き寄せる。
勿論味方の正確な位置がわからなかったり、距離が開きすぎていたり、高速移動中などにより相手の位置が絞れないと無理だったり、使えない欠点もあるが、甲板から操舵室程度なら簡単だ。
自分と、近くで喋るベポの声を操舵室に届くように操作する。


「…操舵室ですか?ベポ君がお話があるそうです。……はいベポ君、喋って」

「え?」

「向こうまで聞こえてるから、早く」


「急ぐんでしょ」と言われ、ベポは半信半疑で口を開く。
シノとしては、知らない人とは少しでも話したくないので、早くバトンタッチしたいのである。
現在操舵室の音も拾っているシノ(と、今はベポにも聞こえるよう設定している)には、操舵室で「この声って」「新入りの」「女の子だー!!」などと言っているのも聞こえているのだ。


「嵐が来るよ!!もしかしたらサイクロンかもしれないんだ!だから急いで深く潜って!!」

『無茶言うなベポ!まだこの船は損傷が激しいんだ。海面付近ならともかく、深くは潜れねえよ!!』

「ホントに話せてるー!!?」

『何でお前が驚いてんだよ!』

「驚いてすいません…」


緊急事態なのにしょぼーんとする白熊。
シノにまで無言で、信じてなかったの?という視線を受け「疑ってすいません…熊ですいません…」と謝る始末。
操舵室側からすれば「お前知っててこの館内放送やってたんじゃねえのかよ!」と言いたい。


「ベポ君…」


なでなで。


「はっ!そうだ!緊急なんだ!!ねえシノ!嵐はどっち!?」

「あっち」


航海経験のないシノに、何時の方向〜とかを求めてはいけない。


「近づいてきてる…何だか竜巻みたい」

「やっぱり!」


何がやっぱりなのか、シノにはさっぱりだった。
目を閉じて耳を澄ますと、大きな風の塊がいるような音がする。
とはいっても、この世界は空島しか知らないシノには、この風の音の正体が何なのかもわからない。
でも、直撃したら危険な規模であるということはわかる。
航海士のベポがこんなに慌てているのだから、きっと間違ってない。


その感は当たっていて、潜れないならと、ベポが慌てて進路を変えたら間一髪。
さっきまでいた場所には、大きな竜巻が渦巻いていたのだ。


「何あれ……」

「あれがサイクロンだよ…おれも見るのは初めて」


大自然の驚異に腰が抜けそうになったシノは、咄嗟にベポのツナギを掴んだ。
何この世界怖すぎる。


「前兆のない風だって言われてる…でも、おれ、航海士なのにわかんなかった……」


再びしょぼんとするベポに、シノは何て声をかけたらいいのかわからない。
元々人付き合いとか放り出しちゃった人種である。
これでも社会復帰の真っ最中で、こういうとき、気の利いた言葉の一つもかけてやれない自分をもどかしく思っていたら、急にベポが俯いていた顔を上げた。


「シノのおかげだよ!シノはすごいね!!」

「ベポ君」


愛らしい白熊の弾ける笑顔で、シノはポッと頬を染めた。


「ああ。まったくいい拾いモノをしたな」

「キャプテン!」

「……」


ベポの可愛さでほっこりしていた気分が台無しである。
シノは、長い間世話になっていた大鷲や蝙蝠たちに手を挙げ、あまつさえそれを取引材料にシノを海賊に引き込んだこの男が嫌いだ。
ベポの背に回り、ローから自分の身体を隠して無視する。


「シノ」

「フッ、まあいい。懐かねぇ猫にも可愛げってもんがあるだろ」

「……(意味わからん)」


それにしてもこの世界の人間って、皆身長高すぎじゃないだろうか?
この船で一番高い奴は余裕で2メートル越えているし、ローですら190cmはある。
つまり、どんなにベポの後に隠れようとも、容易く上から見下ろされるのだ。
不快極まりないので、ベポの背中に張り付くようにしてよじ登る。
ベポの方が、この隈の目より大きいのだ。

ひとまず見下ろしてやろうとチラッとベポの首毛から顔を出す。
隈と目が合った……何もないのに目を合わせるとか、人見知りにはハードル高かった。
慌てて首毛に顔を埋める。


「……」

「……」

「……」


しばしの沈黙を経て、頭をぽすん、と弾く手があったので、丁重に振り払っておいた。

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