OP連載
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「行ってこい……!!」
「うん!!!」
そうやってローがシノを見送ったのは、ひまわり畑が見えてすぐの事である。
シノ1人とスータ1匹が消えたくらいでは、ファルルの負担はあまり変わらないようで、息切れを起こしながら一面のひまわりを突っ切っていく。
その時、ローが懐に手を入れると、
「そういえば…」
とんでもないモノが出てきた。
「忘れるところだった」
「そっ…それってもしかして……私の…っ!?」
「お!」という顔をしたルフィに対し、心当たりのあるヴィオラは両手で口を覆う。
ローの手にある心臓に釘付けになっているヴィオラは、たまらず叫んだ。
「忘れるところだったの私の心臓!!!?」
「今思い出した」
「それって忘れてたわよね!?」
ホラ、と適当に渡された心臓を取り落としてはたまらない。
慌てふためき手を伸ばすヴィオラを、明るく笑って見ているのはルフィだけである。
軽々しい心臓のやりとりに、キャベンディッシュはおろかバルトロメオまで口をあんぐりと開けている。
バルトロメオはその後、一切動じていないルフィの器の大きさに眩んだ目を休める為に真逆を向き、また涙した。
帰ってきた心臓を胸に押し込んだヴィオラは「信じられない…!!」と声を震わせる。
「何でトラ男が持ってたんだ?」
「ちょっとな」
「ちょっとで済む事か!?」
キャベンディッシュのもっともな叫びに、答える声は当然なかった。
********
ひまわり畑を離れたシノは王都を眼下にして、移動と同時に各地に散ったコウモリ族へと連絡を行っていた。
そして儚くなろうとしている命の多い場所へ飛びこんだ。
「っぐアゥッ!!!!」
「バオオオッ!!」
血みどろの頭突きを腹どころか身体全体で受けながら、それでも”相手”を傷つけないよう、”鳥カゴ”の糸が切りつける背中にだけ武装色の覇気を纏い、シノは前身を圧迫する”象”の頭を優しく撫でた。
シノのように覇気も使えないにも関わらず、血を流し傷つきながら、誇り高く自由を求めて倒れた動物達がそこかしこにいる。
海軍の麻酔弾で気を失っている者達がほとんどだが、力尽きて倒れている動物達も少なくない。
麻酔弾の残弾が無くなり、なす術なく傷つく動物達を見ているしかなかった海兵は、”鳥カゴ”へ体当たりをやめない象と糸の間に滑り込んできた存在に目を見張った。
「!!おい君…!!!」
我が目を疑う海兵が駆けて行くと、少女の存在に気づいたらしい象の様子が僅かに落ち着いていた。
我を忘れていた象の目には理性が戻り、口から血を吐くシノの姿がしかと映っている。
「ゲホッ―――こんなのってない……こんなの、おかしいよね……っでも大丈夫……キャプテンが……私の大事な人…達が…絶対、こんなの終わらせるから………」
だから傷つかないで、待ってて……あと少しだけ。
安心させるように、柔らかい笑みを浮かべて願うシノを、象は鼻を器用に使い、地面に優しく降ろした。
大丈夫かと心配する鼻が息を吹きかけ、擦り寄るのを撫で、シノは笑みを深くした。
再び”鳥カゴ”に挑もうとしていた他の動物たちも、足を止めていく。
「パオォ……」
「…うん。ありがとう…私は大丈夫……優しいね…」
「大丈夫なのか君!?何て事を……!!」
口を滴る血を腕で乱暴に拭い、シノは駆け寄ってきた海兵を見た。
本当は無視してしまいたい…このまま動物達とだけ……でも、とシノはマンシェリーと向き合った気持ちを思い出し、己を奮い立たせる。
「(ここで躊躇ったら私……二度と主様達にも顔向け出来ない!!!)」
息を大きく吸って、音を…”声”を、”鳥カゴ”の中に余す事無く届くよう、遠く大きく響かせた。
「―――私はハートの海賊団”音凪”のシノ!!!ドレスローザの動物達!!鳥カゴは必ず消えるから自分を傷つけないでいて!!!」
声と一緒に響く超音波で、シノの意思を理解したコウモリ族が、次々と地上に羽ばたいていく。
「暴れる動物達を人間は傷つけないで!!!彼らもあなた達と同じ……!!オモチャにされたり、苦しみを強いられ!怒りと悲しみの矛先がわからず!ただ生きようともがいてるだけ!!
言葉もわからず…!彼らにはこの混乱が一体何なのか……人間以上に知る事が出来ない!!
この状況で、自分の命を守るだけで精一杯だと思うけど…っでもっ!!!
あてもなく、ただ目の前に立ちふさがる強靭な糸に身を切られて倒れていく彼らを……どうか見捨てないであげて下さい!!!―――お願いしますっ!!!!」
シノを目の前にしていた海兵は、言葉を失くした。
神出鬼没な心優しき少女だと思っていた彼女は今、自分を”音凪”だと言った。
それは真実なのだろうか?
電伝虫なしに、島全体に声を響かせているのは、まさしく悪魔の実の能力者ではないだろうか。
しかし、彼には信じられなかった。
だって海賊だ。
七武海とはいえ、それを言うなら、長年七武海として君臨し続けたドフラミンゴこそ、この悲劇の元凶である。
血を吐いて、涙を流し、動物達の命を憂う小さな少女が、あれと同じ海賊―――?
またある所では、己の身の丈より遥かに大きなゴリラを相手に、暴れまわる豪腕に恐れをなした民が、引き金にかけた指を止めた。
「同じ…なのか……?」
「この声…」
昼間の大立ち回りを知っている国民達の多くが、耳を傾けていた。
「海賊だろ?何を」
「でもっ!あれって昼間ドフラミンゴ王…ドフラミンゴと戦ってたあの子じゃないのか?」
「私も見たわ!」
「もしかしてあの時からずっと、本当はドフラミンゴの悪事を知って戦っていたのか?」
旧王の台地でも―――
「(……今の声…ヴィオラが助けたいと言っていた”友達”か……)」
「あいつ…」
「気難しい女子(おなご)かと思いきや…なかなか天晴れな性根の良き娘であったか…」
「知り合いか?」
カン十郎に「お主の居場所を教えてくれた御仁ぞ」と頷いた錦えもん達の周りには、兵士達に混じって昼間の件を知る国民達も動揺していた。
現在、旧王の台地にいるのはリク王、ウソップ、錦えもん、カン十郎、タンク、ハックや負傷した小人達他、元オモチャのドレスローザの兵士達、それから普通に王の台地の中から登ってきた国民達である。
元々王の台地にはシノが”フレア・カペラ”で開けていた大穴があり、侵入は通常より容易な程であった。
賞金目当てのならず者達がコロシアムから受刑者を追って登り、振り落とされるのを見ていた国民達の方が、地の利がある分利口に王の台地を登ったのだった。
彼らは一様にリク王の復活を望み、この混乱の中彼こそが王だと頭をたれていた。
国民達に牙をむく意思がないとわかったリク王軍も、王を残して市街地で国民の救助に向かった。
現在はリク王を旗頭とした簡易的な避難所のようにもなっており、負傷者をはじめ、”寄生糸(パラサイト)”のせいで拘束され、動けなくなった者達も続々と旧王の台地の足元に集められている。
「耳障りなガキの声が鼻につくぜ……オォ!―――ゴミどもが集まって掃除がしやすくなってやがるなァ」
町を焼く炎のように赤く揺れる男は、その光景を見下ろし、再び残忍な笑みを浮かべていた。