OP連載

□39
1ページ/2ページ




「―――まずいかも……」


涙を拭いて顔を上げたシノが鼻を啜る。
ゴリラのように膨れ上がっていたルフィの身体が急速に萎み、覇気が使えない状況になっていたのだ。
ルフィの言う、覇気が回復するまでの10分間、これがこの戦いの明暗を分ける事になりそうだ。


「行くぞシノ」

「アイアイ!」



********



「わからねェ奴らだな……!!」


ギャッツに背負われ、10分をやり過ごそうと逃げるルフィを炙り出そうと、ドフラミンゴは”鳥カゴ”の収束速度を速めたのだが、やって来るのは頭数ばかりの雑魚ばかりである。
彼らは当初、”麦わら”側に加担しなかったコロシアムの戦士達だった。
賞金に目が眩み、一度はゲームの”ハンター”となる事を選んだ彼らであったが、皮肉にも収束し続ける”鳥カゴ”に我が身の危険を悟り、その矛先を遅まきながらドフラミンゴへと変えたのである。
けして勝機があるとは思えなかったルフィ達が、ドンキホーテファミリーをここまで追い込んだのも、賭ける価値を見出した要因である。


「”麦わら”をさし出せってメッセージだろ」


だがそれは、ドフラミンゴの力が弱かったからではない。
思い違いなどけして許さぬ糸の波が狂ったように暴れ、戦士達を血飛沫とともに空へと打ち上げていく。
落ちては積み重なる戦士達の屍で道が塞がれていく様を視界に収めたドフラミンゴの額に浮かび上がった血管が、彼の苛立ちを大きく表していた。



「―――そっちこそ」

「!?」


耳をつんざく不快な響きに紛れ、上空から聞き覚えのある小さな声がした。
ドフラミンゴにだけ聞こえる”レクイエム”は、通常のものとは違う。
鼓膜を破り、脳を直接振動させるかのように強い音波を流し込んでいる。
常人なら脳が弾けているだろうに、いまいち効きが悪いのは武装色故か。


「嫌だって言ってんのがわかんないの」

「てめェッ!!!死に損なったか!!!!」


糸の波とドフラミンゴ。
その両方が、屋根の上にいたシノに向かって四方八方から襲う。
それを音速移動で避けるシノを見たドフラミンゴは、その異常なまでの回復に閃く。


「そうかマンシェリー…!!つくづくお前はおれの邪魔ばかりしてくれる!!!」

「!!」


地面から生え続ける”角”を避けようとすれば、自然と空中へ移動していく事になる。
それはある意味正解で、糸に変える”モノ”さえ無ければ、波は減る。
起こらない、とまで言えないのは、それでも地面から長く伸びてくる”角”もいくらかはある為だ。
”フレア・ヴィブラート”を纏い、帯のように伸ばしては”角”を退ける。
そこをすかさず狙ってくる糸は纏うそれ(音波振動)がかき消すが、本体まではそうはいかない。


「またうち落してやるよ―――”五色糸(ゴシキート)”!!」


接近を許してしまった本体の、強い覇気を纏った糸が、シノの背中の傷をなぞるように抉った。


「ッゥグ!!」


元の傷より深さを増して刻まれた痛みに喘ぐ暇すら、この男の前では無い。
反射的に音速移動で距離をとれば、一瞬前まで居た場所に、ひどく伸びた糸の”角”があった。
空振りした”角”は、勢いのまま近くの屋根に突き刺さり、また瓦礫を生んだ。


「ハァ…ッ」


危なかった。
ちょっと死ぬかとヒヤッとしてしまった。
しかし、昼と今の二度の攻防で確信した事もある。
あの太い”角”は時間をかけなければ無理そうだが、ある程度細く、ドフラミンゴの手から離れている糸ならば”フレア・ヴィブラート”で一瞬で塵に出来る。
これは大きな強みだ。
このまま距離をとって戦っていれば、勝てはしないまでも時間が稼げる。
ずっと”レクイエム”を流し続けているから、シノを放ってルフィの捜索にも専念出来ないはずだ。


「!(ちょっと真似してみよう)」


ふと思い立ったシノは、指先に集中させた”フレア・ヴィブラート”を細く、長く伸ばしていく。

以前から、銃のように遠距離で細かい標的を狙える技は出来ないかと考えていたのだ。
音波は空気を流れる波のようなものだからか、己の手から”放出”した後も強い振動を持続しつつ、”弾”のように小さく纏めておくのが感覚的にも非常に難しかったのである。
”フレア・カペラ”はその点、己の声に乗せて思い切り”フレア・ヴィブラート”をぶつけるようなものなので、収束も何も無いから、消耗は大きいが扱いは楽だったりする。

細く、小さく収束した”フレア・ヴィブラート”が5本、振り下ろされた腕からドフラミンゴに向かっていく。


長年の戦闘経験と、覇気によって瞬時にそれを見切ったドフラミンゴが空へ逃げると、足元の建物が5本の爪跡をつけた後、崩れて刻まれた。
”五色糸(ゴシキート)”にしては切り口が大きく、”超過鞭糸(オーバーヒート)”のような威力のそれは、まるでドフラミンゴの2つの技の合わせ技のようであった。
しかも無色透明。
見聞色の覇気さえなければ、遠距離から狙われればひとたまりもないだろう。


互いに今の技に思うところがあった両者が、上空で互いを見合う。
高度の高い場所にいるシノは、視界にドフラミンゴを収めつつ、思ったより威力が大きかった事と、照準を合わせる難しさを感じ取っていた。
壊れた家屋を見るに、距離があればあるほど、少しずつ照準がズレているのがわかる。
似た技の本家と言ったらいいのか、ドフラミンゴはシノの気持ちがわかるようで、ニヤリと口角を上げた。



「ぶっつけで真似たか……なかなか難しいもんだろ?お前の能力ならなおの事…」


根が正直で、ローに馬鹿素直と言われるだけあり、つい大きく頷いてしまったシノを、ドフラミンゴは大きく口を開けて笑った。


「フッフッフッフ…!!フッハッハッハッハッハッ!!!
 馬鹿だな」

「(カチン!)」

「フッフッフ!だが…嫌いじゃないぜそういうのは」


ファミリーの幹部連中は、皆そうやって好き勝手出来る強さを手に入れて生き抜いてきた連中ばかりだ。
これでドフラミンゴに従う意思さえあれば、当初の予定通りファミリーに入れてやってもいいのだが、


「―――詮無い事だ」

「!?」


ドフラミンゴの笑みが消え、雰囲気が変わった。
自分より強く獰猛な獣に背後をとられた時に似た感覚に、シノの全身がゾワッと反応する。
これまでより、一際大きく数も増えた糸の波が、日差しを遮るかのようにシノの背後を覆い隠していた。



「”大波白糸(ビローホワイト)”」



恐怖に駆られるまま、本能的に音速移動したシノだったが、これまでのシノの戦い方を考えると、ドフラミンゴに接近する形で避ける事はまずない。
必ず距離をとりつつ、上をとろうとする。
咄嗟の、理性のない動きは歴戦の悪魔にはわかりやす過ぎた。

次こそその身体に風穴を空けてやる。

”鳥カゴ”の中心から糸が垂れ、しゅるりと巻いて”角”と化す。
糸の波の上空へと飛んで逃げたシノの背中へ、鋭さを増した”角”が急降下していく。



「うるせェ羽虫は叩き落す……―――!?」



捉えたはずの獲物が忽然と消えた。
誰の仕業か思い至ったドフラミンゴは、二つ名に相応しい夜叉の表情を浮かべた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ