OP連載

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涼しい丘の上で温かい紅茶を一口、二口。
腰を降ろしてからというもの、カップだけは持っているローと違い、シノは温かい紅茶で喉を潤していた。
少し席を外すと言うローに促されてついて来たが、ただ「ここで話す事じゃねェからな」とだけしか言われていないのだ。
何だろうなぁとのんびりお茶を飲んでいるシノのせいで肩の力が抜けたらしいローが、ようやく口を開いたのはその少し後の事だった。



「―――おれは……フレバンスという国に生まれた」


ひゅうっと花びらを散らす風に、攫われてしまいそうな声だった。


「両親は立派な人で…医者だった。妹もいた。それがある日、皆白鉛病という病のせいで政府に隔離され、周辺の国や都市にも見放され、皆殺しにされた」

「……、」


自分の唾を飲み干す音が、いやに耳に残った。
以前、『これが世界だ』と言ったローの言葉が頭に蘇る。
ローの脳裏にも、あの時のシノの言葉が思い起こされていた。


「ある日突然…政府は、ただそこに生まれたってだけで、有害な、不要な命だと切り捨てた。本来白鉛病は伝染病でも何でもない。本来なら隔離の必要すらなかったってのに」


病人ばかりの国では満足に治療も出来ない。
他国へ縋ろうとすれば、よってたかって撃ち殺される。
どうせ死を待つ命ならばと立ち上がったフレバンスの人々と周辺諸国の間で、ついには戦争にまで発展した。
しかし、ローに言わせれば、あれはただの病人の虐殺だった。


「どうにか他国へ逃げ延びたおれはその時、ドンキホーテファミリーに入った。何かもぶち壊してやりたかった…!!まるでとるにたらない…ゴミみてェに、おれの世界が壊されたように…!!!」


海賊になれば、それが手っ取り早く叶うと思ったのだ。


「おれ自身も当時白鉛病がかなり進行していた……もって3年の命だった。そこでおれは”オペオペの実”の存在も知った」

「!」


ローが今日まで生き延びてこれたのは、”オペオペの実”の力だったのか。
ドフラミンゴ程の男ならば、望みの悪魔の実を探して手に入れる事も出来ただろう。
現に、超貴重な自然系悪魔の実”メラメラの実”を景品にするくらいなのだから。


「元々あいつはおれに食わせるつもりはなかったんだろうが…」


ドフラミンゴは当時、ローを本気で己の右腕とするつもりで教育していた。
それも、ローが”オペオペの実”を食ったとなれば簡単に覆されたが。
奴が欲しかったのは右腕より永遠の命だ。


「その時だ……ただ、1人だけ、おれの命を惜しいと、ゴミだめから引き上げてくれた恩人がいた……」



『――13年前……おれに命をくれた恩人を……実の弟でありながら手にかけたあいつに……!!!』



「その人は…お前みてェな能力を持ってたけど、お前程強くもなくて……なのに…世界中を敵に回してでもおれを救ってくれた。”命”も”心”もくれた大恩人だ……!!」


ローの握ったコップがにわかに揺れ、色づいた水が花弁を濡らした。
とうに冷めたそれと同じく、シノが飲むことを忘れたそれも、半分ほどの水位で冷え切ってしまっていた。



「彼の名はコラソン。ドフラミンゴの実の弟だった……あの人のおかげでおれは今、こうしていられる…!!
 あの人にもらった命で、あの人の出来なかった事を、思い残した事、やりたかった事を全部…おれが代わりにやりたかった…!!」



ローの為にファミリーを離れ、裏切りを悟られ、”オペオペの実”をローに与えて命をつなぎ、ローを守る為に死んだコラソン。
彼の願いは兄を止める事だった。
ローを愛し、願いを放り出してまでローの命を救ってくれたコラソンのために、ローはずっと生きてきたのだ。



「―――キャプテンがずっと背負っていた”ハート”は…その人だったのね……」



千切れた腕と同じくボロボロになった服の背中、そしてローの立ち上げた”ハートの海賊団”。
ローがこれまで…ずっと与えられた愛を忘れず、恩に報わんと生きてきた証だったのだ。


『もうコラさんのためだけじゃねェ。これからは……おれも…――』


思いを遂げたローの言葉が、今になってまた、シノの中で深く意味を成した。
あの時シノはローを受け入れたけれど、今は少し違う気持ちだった。
初めてローと同じ気持ちで思ったのかもしれない……自分から。



カップを横に置いたシノの頭が、ゆっくりとローの肩に寄りかかった。



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