OP連載

□43
1ページ/3ページ




言葉も無く月の下にいる事しばらく……ローの肩近くにあった重みは、少しずつ二の腕に下がってきていた。
自分と違い、昨夜はほぼ徹夜だったのだ。
寝かせておいてやろう、とローはこれ以上シノの頭が下がっていく前に、胡坐をかいた足に凭れさせる。
小屋に戻ってもいいが、今夜はもう少し、静かな空気に触れていたかった。
それに、


(ちょうどいい)


誰の目も無く空いた時間は、ローにとっても好都合であった。



********



「……あれ?」


いつの間に寝てしまっていたのか。
気がつくと、カーテンから優しい朝日を感じる時間で、ローに抱き込まれて寝ていた。


「……」


人生初の腕枕は、意外と寝心地が良かったのだろうか。
朝まで熟睡してしまっていたようだ。
巻きついていたローの片腕をそっと外し、シノはツンツン、とローの二の腕を突付いた。
痺れていたらショックで起きるかな、と寝起きの頭は実におかしな事を考え、実践させている。


「(起きない…)」


良かった、寝かせておこう。
起こしたらかわいそうだもんね、などとツッコミ所満載な事を考えていたシノは、欠伸とともに大きく伸びをする。
酸素が回って頭が働き出すと、そんな事も忘れて毛布をきれいに掛け直してやる甲斐甲斐しさを発揮し、1人外へ出た。
朝の空気をめいっぱい吸って簡単なストレッチをしていると、背中から胴にかけてをぐるっと包む感触がわかったシノがシャツを捲くり上げる。
腹を包む白い包帯を、シノが不思議がるのも無理はない。
昨日マンシェリーによって背中が完治した後、シノは包帯をとっていたはずだ。
新たにローが巻いたのだろうか。
だとしたら、やけに心配性だ。
特に痛みもないし、誰の目もないのでシノはシャツを脱いでワイルドに、堂々と包帯をとった。
念のため手のひらで触れて確認してみても、マンシェリーのおかげですべすべ元通りになっている。
タオル片手に身支度を整えたシノは知らない。
その日、たまたま彼女が選んだ服は背中の空いたオフタートルのノースリーブニットであった。


朝日が照らす小さな白い背中には、ハートの海賊団のシンボルが描かれていた。



********



ずーーーん……


おどろおどろしい音色で、そんな効果音が聞こえてきそうなほど暗いオーラを発するのは、膝を抱えたシノであった。
その横では、内心ここまで気落ちするとは思っていなかったローが、少々気まずそうに座っている。
目覚めた途端、むっしゃむっしゃと肉にかぶりついていたルフィが「何やっふぇんら?」と問いかけると、ロビンは若干怒った様子でシノを擁護した。


「シノがそうなるのも当然だわ……寝ている女の子に無断で墨を入れるだなんて…!」

「ふい?(墨?)」


壁に背を向けて体育座りをしているせいでルフィからはあまり見えていないのだが、シノの背中には昨日まで無かったタトゥーがあった。
時間をかけて幾度も入れたローとは違い、背中にだけシンボルと、ハートを模した蔓がそれを戴く燭台のように描かれている。
さすがのローも、女の身体に自分程のタトゥーをするつもりはなかった。
が、そういう問題ではない。


「キャプテンの馬鹿……あんぽんたん……極悪非道……!!」

「………」


たしかに極悪非道な大海賊ではある……一応。
今まで仲間達にシンボルを入れてやった事もあるローなので、まさかこんなに嫌がられるとは想定していなかったのである。
彼らは何度バラされようとも受け入れる程のキャプテン好きでもある為、どちらかというと喜ばれていた。
シノは女であるし、そりゃ多少は驚くとは思っていたものの、本気で消沈、あるいは若干の軽蔑すら感じさせられ、ローも少々動揺していた。


ロー程頭の回る男が何故、このような愚かな轍を踏んでしまったのか。
理由は様々あろうが、如何せん環境が悪かったとしか言いようが無い。
なんせ、幼い頃は同じ学校の女子の前で、平気で解剖したカエルを持ち歩いていた程の男である。
その様な少年が、早くに監督してくれるはずの親を亡くした挙句、悲惨な経験を経て海賊に身をやつし、貰った命と自由を仮初にしてまで、復讐に費やした青春時代……まともな情緒が育つはずがなかった。
そんな男が、いざ初めて出来た無二の存在に対して、最初から相応しい行動がとれるわけがないのはある意味当然である。


心を通じ合わせてから僅か1日、早くも危機が訪れつつあった。



「ふぁふぉふわはんうぇーへぼよ(まあよくわかんねェけどよ)」


柄まではよく見えないが、墨と言われてルフィにも何となく事情が掴めたようである。


「ふぉあおは(トラ男は)…ごっくん…!シノが好きで…やっふぁほほあんばぼ?ふぁうぃふぁふぁぶいぼば?(やった事なんだろ?何かまずいのか?)」

「まあ普通はな」


かつて妹分2人をよく連れて歩いていたフランキーは、一味の中に限り、やや女心がわかる部類だ。
彼女達なら相手の男を刺すくらいはしそうだし、その前に兄貴である自分が黙ってはいない。
まあそれも、海賊という世界においては少々勝手が変わってくるのだろう事もわかっている。
ルフィ程ではないにしろ、ローは海賊としてはかなり良心的といっていい男だが、それにしても一船を預かる船長であり、頭目なのだ。
彼のクルーであり、尚且つ女としての立場を受け入れるというのであれば、それ相応の事は許容して然るべきだ。
尤も、惚れた腫れたのこの空気、ルフィ以外全員が明確に気づいたのはロビンを除き、このタトゥーのおかげでもあるのだから、己のものである、と知らしめる意味では充分に効果を発揮している。
ロビンの言うように、無断でなければ良かった話なのだ。
これ以上は立ち入る事でもないので、居心地悪そうに隣を気にするローと沈んだシノは一旦置いて、話はキュロスとレベッカの噂に移る。
ルフィは依然食べ続けながらもがもが不満を露にし、何かやらかしそうな雰囲気だ。



「……キャプテン」

「…なんだ」


仲直りか…?と一味が微妙に聞き耳を立てる。
しかし、シノが言いたいのはその事ではなかった。


「海軍……ドフラミンゴの護送に大目付?のセンゴクと中将おつるが来たって」

「「「「!」」」」

「それと…今日の壷振りが始まる」


その言葉で、全員の顔に緊張が走る。
次いで電伝虫が鳴り、バタバタと慌てた足取りのバルトロメオがやって来た。


「ゾロ先輩〜〜〜!!わーーールフィ先輩お目覚めになられてんべおはようございます!!!」


バルトロメオが麦わらの一味5人の眩しさに目が眩んでいる内に、キュロスの電伝虫からレオの報告が入る。
焦れたゾロが怒鳴った。


「さっさと用件をいえよ!!!」

「海軍のテントに動きが!!ボチボチここも危ねェべ!!!
 大参謀おつる中将と前元帥センゴクが到着した!!」

「丁度その話してたんだ!」

「ええ〜〜〜!!なにゆえご存知だべ!?さっさすがはルフィ先輩!!先見の明!!予知!?神の啓示だべ!!?」

「んなわけねェだろ」


ファン過ぎて、思考がぶっ飛んだバルトロメオのテンションにはさすがのウソップもやや消沈したのか、センゴクとおつるのせいで取り見出し気味だった彼のツッコミは少々げんなりとしたものだった。

壷振りの結果が知れると、小屋は一気に騒然と逃走体勢に入った。
死に場所を失ったというベラミーと、彼を治療したローの間で一悶着あった後、ローはシノにひとつ指示を出した。
キュロスの家を囲むように、緑の丘が白と青の海軍の色で染まっていく。
皆で一斉にキュロスの家から出ると、バルトロメオの先導とバリアで港へ向かって走る。

ルフィと――人知れず輪を外れたローとシノを除いて――。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ