OP連載

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「お前らの中で少しは航海術に長けた奴はいねェ……ようだな」


ローは、彼らの態度だけで希望が儚かった事を思い知った。
雹の降る海域にまっすぐ突き進んでいた船は、その雹を降らせている雲が偶然近づいてきたせいもあり、今では目視で海域を確認できる場所まで来ていた。


「やべェこの船沈む!!!ナミ助けてくれーー!!!」

「あれだけ乗る船選べたのに乗る船間違えた!!」

「おれ達で何とかするしかねェな」

「せめてサニー号の設備がありゃ!!」

「うふふ賑やか」


最後の笑っているニコ・ロビンなど論外である。
ローはげんなりとシノを見下ろした。


「仕方ねェ……お前が航海士をやれ」

「え?キャプテン…ショックで頭が……いひゃい」

「頭が何だ?あァ?」


ショックで頭がおかしくなったのかと言おうとした口は、みなまで言わせずびにょりと伸ばされた。
心配どころか哀れみすら感じる目を向けられたローの指が、怒りをのせて頬を引っぱっている。
ウソップはそこで「そうか!!」と表情を明るくさせる。


「お前音の反響で色々とわかるんだったな!!って事はこの海域を避けて通る道もわかるんじゃねェか!」

「おおっそーだったァ!!頼むぞシノ!!」

「えっ」


ローに虐待を受けた顔のままで、シノはびくりと震える。
船にいる人全員から、何やら期待のこもった視線を感じたからだ。


「…ひぇっひぇも…!!ひゃへほふへははほは」


しかし、ビビッて何やら言うシノの言葉は言語ですらなく、微笑むロビンを除いた一味その他が哀れみ突っ込んだ。


「「「「離してやれよ……!!」」」」

「ふふ」


無言で解放された頬を両手で労わりつつ、シノは落ち着かない視線を避け、ローの背後に回った。
虐待していた本人の背に隠れるというのも、これいかに。


「…風の受け方とか…海流に乗ったりとかわかんないから……方向を指示するしか出来ないけど……」

「ああもうそれでいい!!それでいいから早くしてくれェ〜〜!!でないとっぎゃーーー!!!降ってきた〜〜〜!!!」


そうこうしているうちに、雹が次々と船に降ってくる。
電伝虫の向こうにいる、バルトクラブの相談役は役に立ちそうになかった。



「……あれ…?」


ウソップは頭を隠していた両腕を避けて、閉じていた目を空けて空を見た。
避けられるはずがないと思っていた衝撃が、いつまで経ってもやってこなかったせいだ。
他の一味は既に、空で起こっている現象がわかっていたようで、ルフィが声を上げる。


「おお!!何か知んねェけど雹が消えてくぞ!!ジュッって!!不思議だ!!不思議爆発だ!!!」

「たしかに消えたり弾いたりっつーよりは高熱で無くなったような感じだな」


シノが船の上空に”フレア・ヴィブラート”を展開したからである。
でもこれをしてしまうと、”エコーロケーション”の音波を一部阻害してしまう上、集中が分散してうまく遠距離の情報を探れなくなってしまう。
しかも”フレア”系は、海域を抜けるまで維持し続けるとなると、結構疲れるのだ。


「シノ」

「うん…わかってる」

「おいお前ら!これから上空の”それ”を解くから今のうちに備えておけ!!じゃねェとこいつの索敵の邪魔になる」

「「え〜〜〜!!」」

「やっぱお前か。それなら」


ゾロは続いてバルトロメオを見た。
後でルフィとウソップが、”不思議バリア”の消失に異を唱えている。


「こいつのバリアはどうだ?」

「それなら……」


シノまでバリアの中にいるとわからないが、幸いシノは自然系(ロギア)である。
シノだけバリアの外で”エコーロケーション”を続ければ、問題はない。
頷くシノをよそに、バルトロメオをはじめとしたバルトクラブ勢は、恐怖に震えていた。


「だどもばーちゃんが自然に逆らうとバチが当たると」

「恐ェなら陸へ帰れ!!!」


それでよく、これまで新世界で生き残れたものである。
怒鳴られるのも何のその、麦わらの一味がついているという最高のコンディション(?)のおかげか、彼らはすぐに元気を取り戻した。
バリアが船を覆う前に、シノは音波化して船の上空へ飛んだ。
ひとりぼっちでバリアの上に乗り、針路を指示する他は特にやる事も無いシノは、少ししてはたと気づいた。



「(……これ……わりと快適かもしれない……)」



身体を通り抜ける雹の感触さえ気にしなければ、そこはちょっとした憩いの場であった。
潜水艇のポーラータング号ではなかなか味わえないこの感覚は、帆船で言うところのマストの上のようなものだろうか。

…などと、精神的になかなか優雅に過ごしていたシノだったが、それも雹の海域を抜けるまでの話である。


バリアの解除とともに甲板で労いの言葉をかけられたシノは、ヒュンッと音速移動でローの傍へ飛んだ。
それまで平和だった反動も手伝い、ひしっとローの腕を掴む手は、注射を受けに来た子供のそれととよく似ていた。
さっきまで普通に甲板で座っていたくせに、一度味わってしまった蜜の後の苦味は一入らしい。

シノとの温度差を感じた周囲が「え…」となるのをよそに、ローはどこか満足気な空気を醸し出している。
リードを放した犬が呼ばずとも戻り、侍るのを良しとする主人のような気分だ。
労いと褒める気持ちもこめて、その背を撫でるように叩いた手を腰に回すと、ぱちぱちとシノの目が瞬く。
ローが知らぬ存ぜぬで引き寄せれば、後にシノも照れたように力を抜いた。
ドレスローザの戦いが終わってから始まった触れ合いにも、徐々に慣れてきたらしい。
さすがに人前で口付けられる事はもうないが、どうにも照れくさいシノは、当然のような顔をして腰を抱き寄せたローを、ほんの少しだけ恨めしげに見上げる。
するとその前に、湯気のたつカップが差し出された。


「冷えたでしょう。はい」

「…ありがとう」


1人上空で雹や風にさらされたシノに気を利かせたロビンのお茶を受け取り、少しずつ飲んでいくうちに、シノもだんだんと他人への慣れを取り戻したようだ。
バルトクラブはともかく、麦わらの一味には一応まともな対応するようになっている。


「2時方向…まだかなり遠いけど海王類。かなり大きいから少し逸れて」

「美味そうか?」

「馬っ鹿お前食う気か!?よーォし逸れろーー!!地の果てまで逃げろーー!!」

「”地”じゃねェけどな……で、どれくらい大物だ?」

「うっせェボケ!!捌く気満々か!!?」


頭に”海王類=肉”という図式が染みこんでいる船長と剣士、そして手を焼くウソップを見ていたシノは、同じ肉好きとしては断腸の思いで否定の言葉を紡いだ。


「……この船にいる人数じゃ食べきれないと思う。食い扶持以上のお肉を狩るのは良くない」

「ちぇー」

「チッ」

「だからそういう問題じゃねェっつってんだろこのボケ共!!」


ウソップは(やはりおれがしっかりしねェと…!!)と、ナミやチョッパーといった怖がりストッパー仲間不在の一味に気を引き締めながら、舵を切らせるべく叫ぶのであった。



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キリよく3億にしようかと思ったけど、あえての2億9千万(にく)にしてみました。
ちなみにロビンのお茶は、バルトクラブの人が淹れてくれたものだったりする。
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