※冒頭は、アンジェリーナの回想となります。
※リエの過去が一部明らかになります。
※最後の方で、オリキャラととある人物が再登場しています。
※作中に戦闘場面や残虐描写があります。
そういった描写が苦手な方は、読む事を控えてください。
*** ***** ***
アンジェリーナは振り返る。
それは…彼女がまだ戦いの仕方を習い始めたばかりの頃の事。
「まずは、簡単な運動から始めましょう」
リエからの提案で、体操とウォーキングをするところから開始した。
ちょうど、ウォーキングを終えて休憩がてらリエと談話していた際に…
「えっ…エクレシアって武器にもなれるの?」
「正確に言うと、【契約者の願いに応じて、その人が最大限に力を発揮できる姿になれる】ですね」
形式契約を交わしたとしても、すぐにエクレシアの力を100%引き出せる訳ではない。
契約者のレベルが足りていないと、エクレシアの力を借りても上手く使いこなせず、下手をすれば暴走するリスクもある。
エクレシアの力を強引に引き出そうとして、逆に自滅した契約者も過去に存在したそうだ。
「リエは、武器になった経験があるの?」
「そうですね。契約している方の立場によっては、何度かありました。
女子学生や狩人、花屋の従業員、魔法使い、貴族、冒険者…
変身する回数が最も多かったのは、海賊王だった男性と契約していた時ですね」
「契約者の職種の幅、広くない!?」
リエはアンジェリーナ以外に…他の世界にも契約者がいる。
リエは契約者の力量を把握したうえで、相手に合わせて力の出し加減を調整しているようだ。
ただ、契約者がレベルアップできるようにその都度トレーニングや課題を設けている。
「今のアンさんは、体力に関しては平均的な英国人女性よりもやや上です」
「あー…まあね。体力がないと医者はやってられないから」
「でも、戦う術に関してはこれから学ばなければなりません。いわゆる【学生】の立場になります」
その通りである。
アンジェリーナは首を縦に振る。
そもそも、英国の上流階級にいるレディに必要なものは淑女としての教養、社交術などである。
女王陛下を守る騎士のように、戦闘スキルは求められていない。
(剣術とか、東洋の武術とか習わされるのかしら…?)
以前、知人の誘いで剣術の試合を観戦した事があるが、迫力があって見物だった。
しかし、思い返してみると…剣術とは、一朝一夕で身につくものではないと思った。
プロの騎士一人一人の剣捌きは、幼少期からのハードな鍛錬を積み重ねてきた…いわば努力の証なのだ。
子持ちの未亡人であるレディが、いざ剣を手にして素振りをするなんて難しいだろう。
うーん…と眉を寄せて悶々と思案するアンジェリーナに、リエは微笑を浮かべてこう言った。
「アンさんに必要なのは体力作りです。
それから、アンさんに合った戦い方を考えていきましょう」
リエの教えのもと、アンジェリーナは訓練を重ねていった。
二ヶ月ほど経過した頃には、最初に比べて体力と筋力もアップしてきて、リエの動きに少しだけついていけるようになった。
「リエ…貴女って、戦い方は誰から学んだの? プロの人から習ったの?」
訓練の最中に、感じていた疑問をさりげなく投げかけてきた。
リエは外見に反して、剣術や体術といった戦闘スキルが卓越している。
アンジェリーナは、女性の剣術の達人を知っている。
…初恋の人であり、義兄であったヴィンセントの妹、フランシスだ。
英国騎士団の団長であり、夫のミッドフォード侯爵さえも敵わない剣の使い手であり、初めて彼女の実力を目にした時は度胆を抜かれた。
フランシスは、特殊な立場である生家の影響で戦う術を身に着けなければならなかったようだが…
リエの場合はどういう経緯があったのだろうか?
「生前、【先生】にあたる方から教わりました」
「へぇー…どういう方だったの?」
「お年を召したご婦人です」
リエの師匠にあたる人物は、高齢の女性だった。
名前は『ローニャ・オフェロ』
幼少期のリエは早くに両親を亡くしてしまい、一回り年上の姉も宮中勤めで忙しい身であったため、物心ついた時には一人の時間が多かった。
姉に代わり、ローニャは定期的にリエの面倒を見ていたようだ。
ローニャは厳格な人であり、町に住む幅広い年齢層の住民の間では…ある意味、有名な女性であった。
そんな彼女は、リエにさまざまな事を教えた。
基本的な文字書きからはじまり、自国の公用語だけでなく複数の外国語や礼儀作法、古典・歴史・数学・地理・道徳など…
その中に『護身術』と言う名の【戦闘術】の科目も含まれていた。
「ねぇ……なんか、おかしくない?」
「…? どこかおかしい所がありますか」
「あのね…今の話を聞いたら、私じゃなくてもツッコみたくなるわよ!
とりあえず、聞いておきたいいくつかを一つにまとめるけれど、その人…ご近所にいる庶民のご婦人だったのよね?
そういう人が、なんで上流階級の教養やら戦闘術を嗜んでいたわけ?」
アンジェリーナの疑問に対して、リエは補足説明した。
ローニャは他国の上流階級の出身で、とある事情によりリエの故郷に来たらしい。
相当苦労したようで、その過程で世間の荒波に負けないように…生き抜くための術を会得したようだ。
「そもそも、貴女の故郷では女子がそういう事を学ぶのは普通だったの?」
「いいえ、違います」
リエは微苦笑して返答した。
彼女の姉もローニャの世話になった経験があったが、リエのようなハードな事は教わらなかったようだ。
彼女の姉曰く「リエの場合は【特別コース】」だった、との事。
「やっぱりね…」とアンジェリーナは顔を引きつかせて笑う。
身分やら性別とか関係なく、リエの師匠の教育カリキュラムはツッコみどころが満載だ。
「ローニャさんは、世間知らずの私が苦労しないように生きる知恵を授けてくださったんだと思います。
そのおかげで、今の私がいますから…」
幸いと言うべきか…リエ本人は、ローニャに感謝しているようだ。
もしかしたら、ローニャが過剰ともいえる教育を施したのは、それだけリエに期待をかけていたのかもしれない。
あくまで憶測であり、真意は謎だが…。
はぁ…と息を漏らして、アンジェリーナは自ずと掌を眺める。
「…このままでいいのかしら」
思わずそう呟いてしまった。
スローペースだが、力はついている気はする。
だが、リエの相棒として釣り合うには…まだまだ程遠かった。
「アンさん」
自信がぐらついていたこちらの心境を察知したのか、リエが声をかけてきた。
「力は必要ですが…そればかり求めていたら、大切なものを見失ってしまいますよ」
「一番重要なのは―――」
あの時のリエの言葉は、アンジェリーナの胸に深く刻み込まれている。
そして…今、残酷な悲しい事件を終わらせるために、リエの力を使う事を決めたのだ。
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