紫黒玉響、無音にて
□紫の邂逅
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私には、何もなかった。だから、名前も無かった。髪も白かった。白い部屋にいた。其処から出たことは無かった。
毎日部屋にやって来る研究者も白い防護服を身に纏っていた。
私の世界には、白いものしか…なかった。
「───おい、お前」
「………日本語」
「おや、日本語が判るのですか?それは有りがたいですね」
「…あなたたちは、だれ」
白しか無かった。その私が初めて見た色は全てを染める黒。それを纏った、紫の瞳。もう一人は緑の瞳。
「……あなたたちは、白をまとってない。それはなにいろ?」
私が、淡々と聞くと二人は互いを見て頷いて、私に手を差し伸べて来た。
「…来るか、一緒に」
「たくさんの色を、見に行きましょう」
「…色──…」
「世界は、白だけじゃ、ねぇんだぜ」
私にはなにもなかった。白い世界しか知らなかった。なにも知らなかった。けれど判ることはある。
研究員達は、この二人に殺されたであろう事だ。ここにこのまま居ても変わらないなら…何かを変えてみても良いかもしれない。
そう思った私は、やがて父となる人の…手を取った。
「…………ん…」
不意に射し込んだ光に、意識が浮上した。ゆっくりと瞼を開ければ、見知らぬ天井が視界に広がった。一瞬、此処が何処なのか、どうして此処にいるのかが判らなかった。
「…何処だ、此処」
部屋を見れば、一般的な家庭の一室だった。そこで自分の最後の記憶を辿っていると、頬を何かに撫でられた。その方向に向き直ると、紫と青の二色の瞳が私を見つめていた。ホワイトタイガーの様な毛並と柄。
私を心配そうに見つめている。
「…よかった…怪我はないんだね」
私がほっと息を吐き出すと、不安げに擦り寄って私の傍で丸くなった。
「ずっと離れなかったよ、その猫」
「…………だれ」
「僕?…一松」
白い白衣を羽織って、やる気なさそうに猫背で立つ青年は、姿勢と同じぐらいやる気のない瞳で私を見下ろしている。口には白い棒を加えていた。
一松と名乗った青年は、徐にその棒を取ってガリッと勢いよく噛んだ。一瞬で葡萄の香りが広がった。キャンディだったらしい。一瞬、煙草に見えていたから思わず目を見張った。
「これ?患者の様子を見に行くのに煙草は無いだろうって言われてね…だから代わりにくわえてたんだよね…」