黄昏に君を逢う


□逸れモノ
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 気が付けば誰もいなかった。雨の中、ぼんやりと空を見上げていた。俺は狐の妖怪なのに翼があった。どうしてか、なんて理由は知っている。狐の妖怪と翼を持った妖怪の合いの子だと言うことだ。ご丁寧に翼の色も毛の色も俺は黒い。二つの尻尾を出さなければきっと誰もが俺をカラス天狗だと思うだろう。尻尾は仕舞えるけれど、翼は仕舞えなくてそれの皆が俺をカラス天狗に間違える要因になっていた。
 このまま、日が暮れ始めた空を見上げていても仕方がない。今日の寝床を探そう。そう思って木の根から腰を上げた。暫く独りで黙々と歩く。森の中、山の中を。静寂と孤独が支配していた。いや、俺にはこの二つしかなかった。寧ろ、自分が置かれているこの状況が『孤独』と呼ばれているものだと理解していなかった。それが寂しいものだとも、思っていなかった。
 暫くすると、川に出た。黄昏時。逢魔が時だ。陽が高いと活動できない弱い妖怪や、陽が苦手な奴らが起き始める時間だった。俺はなんとなく、川の上流に向かって足を運んだ。下に下っても良かったけれど、俺の気分は上流だった。ふと、川に目を向ける。透明な川の水面の上を何かがもがいていることに気が付いた。微かに声が聞こえる。そう思った瞬間、俺は川に飛び込んだ。

「――おい、大丈夫か!?」
「……ッ」

 少年が、溺れていた。けれど、彼は川に流されることは無かった。何故だろう。そもそもこの川はまだそこまで流れが荒くはなっていない。足を岩に取られているのだろうか。そう思った俺は川底へと潜り込んで目を丸くする。彼は確かに岩に挟まっていた。けれど足ではなかった。尻尾だ。二本の尻尾に縄が縛られていて、岩に括り付けられている。そして、その傍には恐らくこの川の主である河童が彼が溺れるのを楽しそうに眺めている。
 俺達の世界は弱肉強食だ。弱い妖怪は強い妖怪の餌食になるなんてことは珍しくないし、人間の世界もそうだろう。長く生きている。そんなことは知っている。けれど、でも……

「悪いが、彼は俺が貰うぞ」
「は?ふざけんな、此奴は先に俺が見つけたんだよ!!鳥野郎なんかにやるもんか!!」

 突然現れた俺に獲物を頂くと言われた河童は敵意を露わに俺に向かってくる。当たり前だ。普通、カラス天狗は翼が濡れると力を上手く使えなくなる。幾ら上位妖怪であっても、水の中では水の妖怪の方に軍配が上がる。そう、普通のカラス天狗なら。


 
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