ごった煮


□君が残した確かな痕
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 いつもの路地裏を歩いていると、視線を感じた気がした。けれど、そこには誰もいなかった。気のせいかと思いながら野良猫に餌をやっていると、俺が視線を感じた場所を見ながら唸り始めた。

「…どうしたの?」

 親友のエスパーニャンコですら、その場所を威嚇している。もう一度振り返るとさっきまではそこにいなかった筈の髪の長い女が立っていた。気のせいでなければ、ジッとこっちを見ている気がする。なんだか気味が悪くて、俺は気づかなかったことにして親友を抱き上げた。親友は俺の腕の中でも警戒し続ける。落ち着くように背中を撫でててもその一点を睨んでずっと威嚇を続けている。ほんとうは、家に帰りたいけれど、帰るためにはあの女の前を通らないといけない。どうしよう。出来れば近づきたくない。早く何処かに行かないかな…そう考えながら、もう一度チラリと盗み見る。女はいつの間にかいなくなっていた。良かった…これで帰れる。そう、安心してホッと息を吐きだした瞬間だった。

《さびしい…》
「――――!?」

 真後ろで、しかも耳元で掠れた女の声が囁くように聞こえた。直感で理解した。アレは、死んだ人間だと。ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバい!!
 心臓が嫌にドクドクと煩く脈を打つ。腕の中でエスパーニャンコが暴れて後ろを威嚇する。早く此処から逃げたいのに、俺の足は俺の意志に反して動く気配がなかった。

 ……違う。俺が、動けない。体が、動かない。声も、出せなかった。

 つま先から、体温が奪われていく。そんな感覚に支配されていく。ぞわぞわと俺を包み込んで中に入ってくる。そんな感覚に支配されていく。言いようのない恐怖が俺を支配しようとした時、エスパーニャンコが俺に爪を立てた。その痛みで我に返った俺はそのまま振り返らずに全速力で家に帰宅した。ニャンコは抱いたまま、一緒に帰った。
 帰宅しても、こんな時だけ誰もいなかった。心細くて体が震えた。そんな俺に追い打ちを掛けるように誰かが玄関を強く叩く。誰だ。そう思って振り返ると、さっきの女のシルエットが玄関に浮かび上がっていた。
 バンバン、バンバンっと玄関を何度も叩く。俺は咄嗟に玄関に鍵をかけた。その瞬間に、女は狂ったように叫びながら玄関を無理やり開けようとガタガタと引こうとする。やがて、諦めたのか女は玄関を叩かなくなった。ふと、足元を見ると親友がいない。そう思った瞬間、今の窓の方で親友が威嚇し始める。慌てて居間に行くと女の影がぼんやりと映っていた。急いで鍵をかける。そのまま、俺は家じゅうの窓に鍵をかけた。最後に鍵を閉めていない二階の共同部屋に上がる。

 
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