ヒカルの碁
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『進藤……!!』
電話を取るなり、興奮した声がヒカルの耳に刺さる。
あまりの声の大きさに、ヒカルは一瞬目をつむり、携帯を耳から遠ざけた。
ディスプレイには見慣れた名前が表示されている。
声の主は、その間もしきりにヒカルに呼びかけており、ヒカルはこっそり笑いを漏らした。
おいおい、落ち着けって……。
一呼吸置いた後、ヒカルはもったいぶるように応えた。
「そんなでかい声出さなくたって、聞こえてるって。
……で、何だよ和谷。」
『いいから早くログインしろって!!
現れたんだよ!』
ーーーーーsaiがーーーーー
尚も興奮気味に和谷が指摘しているその対局を、ヒカルはとうに見つめていた。
……そんなのとっくに知ってる。
なぜなら。
……その”sai”が俺の隣で打ってるんだから。
この秘密を自分だけが知っていると思うと、ヒカルは自然に口元に笑みがうかんでしまうのだった。
「……和谷先生は何て?」
手に持っているタブレットから視線を外さずに、小波がヒカルに問いかける。
タッチペンを使い、タブレット上の碁盤に自分の碁石をポンポンと置いていく。
自分が小学生だった時はタブレットなんてなくて、三谷のねーちゃんのところで、パソコンにかじりついてたな……。
懐かしくなって、ヒカルはあの頃を思い出した。
もうあれから何年も経過していたし、てっきり、過去の人間として”sai”は語られてると思っていた。
でも、今も。
あの頃の人間は、saiを覚えている。
「……この対局を見ろって」
携帯をしまうと、ヒカルは改めて小波の手元に視線を落とした。
ここにきて、動きがピタリと止まり、相手の長考が続いている。
数分の沈黙のあと、画面には『投了』の文字が表示された。
「おつかれさん」
ヒカルが対局を終えた小波に労いの言葉をかけてみるが、小波は画面をじっと見つめたままで、ヒカルの言葉にも無反応だった。
何となく面白くなくて、ツンツンとヒカルが腕をつつく。
「ごめん!
今、佐為と会話してて」
ハッとしたように小波が笑顔をヒカルに向ける。
……俺、今は佐為が見えないから仕方ないよな……。
仕方が無い事だと理解はしていても、ポツンと取り残されたような寂しさが胸に広がる。
佐為と、小波を通してではあるが対局が出来るようになった。
それは嬉しいのは事実だが、ヒカルの胸に去来するのは、小学・中学・高校と傍らで一緒に過ごした佐為の姿だった。
……もう一度、姿がみえるようにならないだろうか。
次の対局を始めている小波を一瞥し、寂しそうにヒカルは目を伏せるのだった。